第二十一話
夕食には珍しく肉料理ばかりを食べた。
から揚げに手羽先の揚げ物、牛のステーキに豚トロ。
飲み物はいつものお茶ではなく、コーラやスプライトといった炭酸飲料。
理恵がこんなものを買ってきたことは勿論驚くことだったのだが、それ以上に驚いた。
いつも穏やかで大口を開けて何かをしたところを見たことが無い理恵が正しく一口で中々の 大きさがあるから揚げを食べたり、手羽先にむしゃぶりついていたりしたのだから。
「お腹が空いていたのか。ごめん、そうは見えなかったんだけど」
彼女は両手で押さえるようにしていた手羽先から口を離す。
脂が唇についていて、それは赤い舌に舐め取られる。
思わず動悸が激しくなる。
「私、こういうのも嫌いじゃありません。子供がお腹にいるときくらい食べてもいいんです」
「食べすぎは毒なんだよ。ちゃんと分かってるかい?」
返事の変わりに理恵は大きく首を縦に動かした。
「ごちそうさまでした」
食べるている時に片づけを思い出すと憂鬱になると聞く。
今日の皿洗いは僕だったのを思い出して、本当に憂鬱になった。
結局、僕も肉を半分くらい平らげたので理恵は思ったよりも苦しそうではなかった。
今はソファで横になっているが、食べすぎのせいではないと言い張ってる。
「私だってまだ若いんですから。食べすぎくらいでしんどくなったりしません」
「嘘だなんて、言ってないよ。だけどね」
言葉が不自然に途切れたので理恵が不思議そうな顔をする。
そんな顔を見ながらソファの側へと寄っていき、お腹をつついてみた。
「うぐっ」
喉の奥の方で詰まったような声が聞こえたと思えば、理恵の瞳に涙が溜まっていた。
そして、無言でそっぽを向いた。
「あの、理恵?」
最後まで言い切るより先に
「知りません」
理恵がかぶせてきた。
「ごめん」
「知りません」
僕はうなだれるしかすることが出来なかった。
なんの感動も無いままにいつものように22時は来る。
理恵は数時間前に拗ねていた事は忘れたかのように22時になるとすぐさま黒のドレスに着替えて外に出かける。
ドアを出てからがちゃん、という音をさせるのもいつものことだ。
僕は身を潜めつつも理恵を見送り、理恵の部屋へと忍び込む。
昼と変わらず、一番上の引き出しの中に白い手紙がある。
仕方が無い。
情けないことに、僕は必ず理恵を裏切らなければいけなくなった。