第十八話
手紙を読もうと思えばその場でその時に出来たはず。
それなのに僕はリビングのソファに深くもたれかかっている。
手紙は理恵の部屋の机の上に置いておいた。
破り捨てて読もうとしなかったのはせめてもの僕の矜持と言ってしまうと格好良すぎる。
結局、僕は臆したということなのだろう。
約束とか、守るべきラインとかではなくて、ただ臆病風に吹かれただけなのだ。
ますます自分が情けない。
鍵が差し込まれ捻られる音がする。
ソファでうとうととしてしまっていたのを急いで起きる。
扉の開閉音、靴を脱ぐ音、裸足で床を歩いてくる音、リビングの扉のノブを回す音。
そして、扉が開かれる。
「おかえり、理恵」
時刻は23時59分。
彼女の返事は無い。
しばらく理恵を見つめ続ける。
表情の無い、顔のパーツでさえも感情を忘れたような顔をしている。
初めて見るわけではないけれど、本当にぞっとしてしまう。
その顔は生きている人間の顔と言うよりも死体の顔のように思える。
声をかけてよいのか、分からない。
果たして、返ってくる声が理恵の声なのかも。
突然、我に返ったようになり、穏やかな声を出す。
「ただいま、直也さん」
穏やかな理恵が目の前にいた。
時刻は0時0分。
「いきなりだけど、ごめん。勝手に君の部屋に入った」
うつむきながらでも、理恵が息を呑むのが分かった。
「良くないですね。夫婦でも守ることは守ってください」
珍しい事に声にイラつきすら感じる。
少し怖いけれど、言うべきことは言わないといけない。
「それと、白い手紙を勝手に見つけた」
顔を上げて理恵を見ると、目を閉じて何かに耐えているような表情だった。
「その手紙をどうしましたか?」
「君の部屋の机の上。さすがに読んでいないよ」
読んでいないことを聞いたためか、理恵の顔の緊張がほぐれ声にも余裕が戻った。
「そう、それは良かったですね。条件を忘れてはいけません」
分かっているよ、そう呟くのが精一杯だった。
「もう触ってはいけませんよ。勿論探すのもいけません」
僕はただただうなだれていた。
理恵が言葉でたしなめる程度で済ませてくれたことが反対にとても怖かったのだ。
もし、下手に口を開けば、理恵が出て行ってしまうような気もしていた。
だけど、この手紙の事を気にしないことは絶対に出来ないだろうとも思う。
「本当にごめん。おやすみ、理恵」
「もういいですよ。おやすみなさい」
お互いの部屋へと引き上げる。
彼女は手紙を新たな隠し場所へと隠し、僕は気になって仕方がない状態でベッドに入る。
どれだけ、眠れないと思っていても目は閉じ、朝は来る。
「おはようございます、直也さん」