第十七話
エントランスの呼び出し口から自分の部屋に繋いでみる。
「ただいま、戻ったよ」
耳を澄ますとスリッパの乾いた音が近づいてくる。
そして、
「お帰りなさい、直也さん。お散歩にでも行ってらしたのですか」
僕が不審な行動をとった後だというのに、理恵の声音はいつもどおりだった。
やはり、ただ僕が良く寝てただけではないのだろうか。
だとすればとても安心が出来るのだけれど、やはり信じきるのは早計だと思う。
「たまには運動しないといけないからね」
鍵を挿し入れ、中に入るや靴を確認する。
いつも理恵が好んで履いていく靴が並んでいた。
確かに彼女は帰ってきているらしいとやっと安心が出来た。
どうして僕は家に帰ってくるだけでこんなに面倒臭い事をせねばならないのか自分でも不思議に思う。
「ただいま、理恵」
「おかえりなさい。疲れませんでしたか?」
「この程度では疲れないよ。で、どうかな。缶コーヒーは好き?」
理恵が不思議そうな顔をする。
「嫌いだったかな」
家で作れば良いと言うのにわざわざ買ってきたのは失敗だったか。
「いえ、こういうの初めてな気がしまして。なんだか、不思議な気分なんです」
確かに彼女のこんな顔は初めて見たような気がする。
「多分、嬉しいのだと思います。ありがとうございます、直也さん」
少し体温が高くなったのを感じた。
時刻は22時12分。
理恵が出て行くまでに息を潜めるつもりが散歩をしたからか本当に寝てしまっていた。
やはりこの時間では理恵はいないし、彼女のお気に入りの黒のパンプスもない。
僕はこっそりと理恵の部屋へと向かう。
此処に引っ越してくる取り決めの一つに鍵を取り付けないというのがあった。
つまり、互いを信頼しようという事だ。
その信頼を破ろうとも僕は見つけたいものが出来た。
いつか見た、桜木が理恵に渡した白い手紙。
それが見つかれば何かが解決しそうな気がしたから。
机にもカバンにも箪笥にもない。
あの理恵のことだから分かりやすいところに保管していると思ったのだけど違ったようだ。
もしかして、僕がこうすると知っていたのだろうか。
そんなに信頼されていなかったのか、僕は。
そんなに僕に見られてはいけないものなのか、あの手紙は。
僕より桜木のほうが信頼できるとでも言うのだろうか。
自分が情けない事も忘れて理恵を責める事だけが浮かんでくる。
すると、頭がぼうっとして少しの間、意識が飛んだような気がした時。
箪笥が思いっきり倒れた。
自分の手を見ると、この手で倒したのかと遅れて理解する。
しかし、どうしてそんなことを。
混乱する頭を持て余し気味になっていても、それでも僕は見つけてしまった。
おそらく箪笥の裏にあった、、埃が一つもついていない白い手紙を。