第十五話
「おはようございます、直也さん。これ以上寝ていると頭が痛くなってしまいますよ」
頭痛の種ならばもう数え切れないほど抱えている。
そう言ったところで彼女は気を揉むだけで何を言う事も無く静かに部屋を出て行くだけだろう。
その後に見ていないところで顔を歪めることもあるかもしれない。
なんにせよ、起きてしまった事だから仕方が無い。
薄目を開けてみると、映るのは穏やかな顔の理恵。
「おはよう。もう何時になったのかな?」
「おはようございます。もう10時になりました。朝食を摂るのにも中途半端な時間になってしまいましたよ」
「ごめんね。昼はちゃんと食べるから」
「いけません。一日三食が健康の基本なんです。だから、おにぎりを用意しておきました。 これなら食べれるでしょう」
理恵はこと食事に関して自分の意見を持っている。
僕を丸々太らせて食べようというのではなしに、不思議なものだ。
「分かったよ。いただくことにする」
返事が気に入ったのか理恵が微笑んだ。
おにぎりを食べた後だというのに13時にはスパゲティを食べる事に決まった。
1時間以上前からキッチンの前に立ち理恵は楽しそうな顔をしている。
僕は昨日の惨めな夜のうちに考え決心をした。
休職と僕の復職については、ある程度まで固まってから話し出すことにしようと。
だから今は考えない事にする。
「直也さん、塩味がつよいほうが好きですか?」
「いや、薄味の方が好きだよ」
途端、安堵したような顔になる。
「私も濃い味が苦手です。好みが同じで良かった」
最近になってやっと分かった事がある。
彼女の穏やかな顔は心情を表しているのではなくそういう顔の形なのだと。
それと、楽しそうなときは顔よりもむしろ声音の方に変化が出るということも。
なので理恵の機嫌が気になるときは、こちらから話しかけることにしようと決めた。
今日も22時から理恵はいなくなる。
あの影と共に何処かへ行ってしまう。
だから、僕も僕でなくなってしまおうと思った。
ソファを蹴り、本を片っ端から破り捨て、要らなくなった服を切り裂いた。
壊れてもあまり気にしないものばかりなのは、僕自身の臆病心からなのだろう。
本当に、情けない。
たまりこんだ不満を外に出そうとしても所詮、この有様。
いっそこのまま溜め込んで気でも狂ってやろうかと思い出す始末。
どこか冷静なまま、自分はまだ大丈夫な気もした。
なぜなら、一つの事を思い出せたからだ。
桜木が理恵に差し出した、白い手紙。
それを見つければ何かが判るような気がした。
0時になると普段の理恵に戻るのは今までに分かっている。
「おかえり、理恵」
「ただいまです。眠れないのですか?」
ちょっとびっくりした様子でそれでも穏やかなまま僕を気遣おうとする。
「たまには遅いのも悪くないかなってね」
「そう、ですか。でも、深酒なんてしてはいけませんよ」
顔を近づけて臭いを確かめられる。
「まだ飲んではいないよ。それよりも聞きたいことがあるんだ?」
「あまり長い話はお付き合いできませんけど。なんでしょうか?」
「仕事で使う白い手紙は、一体何なのかな?」
一瞬、警戒した目つきになる。
「仕事の話はしたくありません。それに知ったところで不幸になってしまうだけです」
不幸になるのは嫌だ。
「もう、寝ましょう。睡眠はしっかりとらないといけません」
そうだね。
理恵は正しい。
「僕はもう少し起きているよ」
だけど、正しい事だけではとても気分が悪い事もあるんだ。