第十三話
理恵の薄いお腹の中にはおそらく僕に似た子供が居ついていると彼女は言う。
初めは僕も理解できなかった。
いつもは理性的で穏やかな理恵がおかしくなったのかとも疑ってしまった。
もしかすると、僕は理恵の中に他の命が宿る事を認めたくないのかもしれない。
ずっとなんて思って無かったけど、あと数年は理恵と二人っきりで少し虚しいようなそれでいて一緒にいられる生活を送れると思っていた。
だから、理恵から告げられたことは僕にとってそんなに喜ばしい事ではなく、生活への闖入者が現れたと思うような苛立たしさも感じてしまう。
「貴方の子供なんですよ」
そう言った理恵の顔は穏やかな嬉しさに浸っているようであった。
「私ね、この子の成長を見守りながら直也さんと一緒に過ごしていきたいんです。二人っきりも良いですけど、三人だとさらに楽しくなりそうな気もするんです」
僕はあまり楽しそうとは思えなかったけど、理恵のあまりに嬉しそうな雰囲気に何も言う事が出来ずに頷いた。
理恵は病院に行って、医者から正式に妊娠を告げられたと言った。
その時の理恵の顔はやはり嬉しそうで、何故か僕も嬉しく思った。
このまま理恵がずっと嬉しそうな顔をしてくれればと期待したのだが、22時からの二時間は子供がいるいないに関わらず理恵は表情の無い顔になっていた。
それにあの影、桜木のことはいつまでも僕の中で消化し切れない存在となっている。
挙句の果てには玄関先まで出向いてきてはちょっとした段差にまで気を付け理恵に手を出し気遣うそぶりを見せていた。
僕が寝ているものと思い込んでいるのか、まるでその影は二人しかいないように振舞う。
マンションの前にならともかくそこまで足を踏み入れるとはなんて無神経な男なのか。
憤るよりも先に感心してしまうほどだった。
それに引き換え、見つからないようにと物陰から眺めていた僕はかなり惨めな気持ちを感じる。
それなのに僕は表情の無い理恵には何も言えなかったし、姿さえも隠してた。
あの理恵の様な存在に何かしてしまったら、もうこの生活がなくなることを本能的に知っていたからだろうか。
だから僕は、いつも穏やかに振舞う理恵に対して強気に要求する事にした。
彼女の休職と僕の復職を。