2. 花かごの少女(3)
次の日の夕暮れ、門の前にはアルスにモリとバトー、ダライ率いる第一小隊が揃っていた。
そこにスノウに跨ったユキが表れた。
なるべく目立たない様にヴェールを被り綿の衣服を着てきたが、こんなに厳つい男達がいたんじゃ、結局目立ってしまう。
ため息をついてアルスを見た。
確かにユキを止めることはしなかったが、態勢は万全というわけだ。
「なるべく目立ちたくないんだけれど。あの子が怖がって出てきてくれなかったら困る」
まっすぐにアルスがユキを見る。
「どんな連中かわからない以上、これより警備を解くわけにはいかない。これでも譲歩しているんだ」
それを聞いたユキはアルスから視線を外した。
スノウをアルスから離れた中央に移動させる。
「出発するぞ」
アルスの号令で門が開かれた。
あの手紙にはサインシャンドの町のどこで待つのか詳しくは書いてなかった。
それでも手紙にはこう続きが書いてあった。
(一番高い建物の側にて……)
サインシャンドの町で一番高い建物はサン・サル教の寺院に建つ鐘楼だった。その足元は大きな広場になっていて、彫像や小さな人口の泉などもある。
どの町でもそうなのだが、一番高い建物といえば、時刻を打つ鐘のある時計塔か、教会の鐘楼なのだ。
そして決まってその足元には広場がある。
ロベリア語で書いた手紙の主は、サインシャンドに来たことは無いのかもしれない。
それでも場所を指定するのならば、「高い建物」というのは誰にでも見つける事の出来る恰好の待ち合わせ場所なのだ。
日が傾き、藍色の地平線が最後の光をともしている。日暮れとともに通りのあちこちで篝火が焚かれ始めた。
広場には日中よりも多くの人間で溢れていた。
近くには市場へ通じる道と、盛り場に通じる道がある。そこを行き交う者も多いのだ。
そしてこの広場はそういう者達にとって都合の良い待ち合わせ場所でもあった。
少し離れた食堂のテラス席には、ユキとアルスとモリが座っていた。この場所は石段で一段高くできおり、広場が良く見渡せる。
ユキは高くそびえる鐘楼の足元を見つめていた。
他の隊の者達は甲冑では無く普段着を着て、広場の中に溶け込んでいた。
バトーは鐘楼のすぐ側に、ダライの率いる隊はそれぞれ広場の出入り口を警戒している。
ユキはウルートの町で出会った、花かごの少女を思い返していた。
黄色いおさげ髪にそばかす顔。声をかけるとにこりとユキに笑いかけた。
歓声に消されてしまってユキには届かなかったが、彼女の唇がユキに向って何かを形作る。
あれがロベリア語だったのか?
サマルディア語だったのか?
全く別の言語だったのか……?
ユキはこの世界の言葉を聞き分ける事はできない。全てが日本語でしか聞き取れないからだ。
彼女はあの時何をユキに伝えたかったのだろうか?
どこの国の言葉で――――?
しばらくするとフード付のマントを着た、小柄な人間が鐘楼の側を通り過ぎた。一番近くに置いてあるベンチに座ると鐘楼を見上げている。
ユキがテーブルに手を乗せ立ち上がる。
背格好はあの少女に近いような気がしたのだ。
アルスがテーブルの上のユキの手を握った。
「俺が行くから、ユキはここにいろ」
ユキはスルッとアルスの手の中から自分の手を引いた。
「止めないでと言ったはずよ」
ユキは真っ直ぐにアルスの顔を見た。
席を立ち石段を下りると、雑踏の中を歩いた。
ユキは一直線に人々の頭の先から見える鐘楼を目指す。
すぐ側のベンチ――――
フードを被った少女に向って歩いて行く。
追いかけるようにアルスとモリがユキの後を歩いた。広場に散る隊の者達にも緊張が走る。
全員が歩いて行くユキに目を向けていた。
混みあった人の波を軽やかな足取りでかわして行くと、ユキが目的のベンチの前に立ち止まった。
「こんばんは。あなたが花かごをくれた人?」
ベンチに座る者がユキを見上げ、ゆっくりとフードを取った。
現れたのはおさげ髪のあの少女ではなかった。
銀色の短い髪がふわりと夜風になびく。
「キーラは調子悪くってさ。俺はレオニート。レオでいいよ。あんたが女神様?」
フードからは聞いていた少女では無い、銀髪の少年が現れた。
広場には人が多く、アルスは思うように前に進めない。
ユキと少年が何やら話をしている。
少年が立ち上がるとユキの手を掴んだ。
それを見た瞬間アルスが腰に帯びた剣を抜いた。
周囲にいた人々が息を飲む。
立ち止まる。
後ずさる。
小さな悲鳴を上げる。
突如アルスの前に道ができた。剣を握ったまま、アルスはユキの元へと走った。
辿り着いたアルスはグイとユキの腕を後ろから引き、少年に剣を向けた。
「ユキに触れるな。お前は何者だ?」
「ちょっとアルス! 何やってんのよ? その子に剣を向けないで!」
突然剣を向けたアルスに驚いて、ユキはアルスの横顔を睨みつけた。
少年が頭の高さまで両手を上げる。
「何だか物騒だね」
ユキが振り返ると広場にいた護衛の全てが剣を手に持っていた。
「みんな剣を下して!」
何事かと広場にいた人々が騒ぎ始める。
「アルス様、場所を変えましょう」
モリがアルスに声をかけた。
「行くぞ」
アルスが兵に指示を出すと、ユキの腕を掴んだまま歩き出した。振り返るとモリとダライが少年を両側から挟み歩きだす。
「……どこへ行く気?」
ユキがアルスに話し掛ける。