1. on the beach(5)
「……おい、ダーシン! お前ならユキ様に追いつくんじゃないのか? お止めした方がいいだろ」
バトーが声をかけると後ろを向いていたダーシンも、振り返ってユキを見る。
「ホンマ速いっすね。追っかけましょうか?」
漁師の息子であるモリの部下のダーシンは、隊で一番泳ぎが速かった。
モリがため息をつきダーシンの顔を見る。
「馬鹿者。追いついた所で、あんなお姿のユキ様をどうやってお止めする気だ?」
想像してダーシンが赤面する。確かに泳ぎで追いついたところで、言っても聞かないユキを止めるには、体を張るしかなさそうだ。
「ユキ!! わかった。もう止めないから、これ以上逃げるな」
アルスが泳ぐのを止め、ユキに向って大声を上げた。
ユキも泳ぐのを止めてアルスの方を振り返った。
「ホントに!? あーよかったあ」
ユキが満面の笑顔でアルスに向き合う。
「私ね、スイミング6年も習ってたのよ。バタフライもできるんだよ。知ってる!? バタフライ。見せてあげよっか!?」
アルスがそう話すユキの側まで波を掻き分け歩いてきた。
そして一瞬海中に潜ると足からユキの体を抱え上げた。
「キャッ!」
ユキが驚いて声を上げる。
「もう戻るぞ。充分泳いだだろ?」
アルスが足に力を込めて浜辺に向かう。
「嘘つき! 止めないと言ったじゃない」
「先に嘘ついたのはユキだろ!? 何が『浜辺で見てる』だ!」
そう言うと、ユキを抱えたままアルスは海の中にいた兵士たちの方を向いた。
「全員あっち向いてろ!」
言われて、まだ二人を見ていた、モリとバトーとダーシンが慌てて回れ右をする。
波打ち際まで来るとヘレムがストールをユキにかけた。
「……頼むから勝手な事するなよ」
アルスが息を切らせながらユキに言った。
「だって頼んだって泳がせてくれないんでしょ? わかってるんだから。たまには私の世界の習慣にも合わせてよ! 女だって海で泳ぐのよ! 普通の事なの」
アルスがため息をつく。
「わかった。今度は必ずユキが泳ぐ時間をとるよ。でもそれはあいつらがいない時だ! 人払いしてからだ。だから絶対勝手に泳ぐな!」
ヘレムがそのアルスの言葉に続けて言った。
「とにかく今日はお終いですよ。 お部屋に戻ってお風呂です!」
濡れた体に大判のタオルを巻かれると、ユキはヘレムに連れられてとぼとぼと別荘に向かって歩き始めた。
ユキが帰るのを見届けると、アルスは兵士たちの元へと歩き出した。
「おい、ダーシン!」
アルスが憮然としてダーシンを呼びつけた。
さっき自分がユキを追いかけるという話が皇子に聞こえたのかと、ダーシンの顔からは血の気が引いた。
姿勢を正してアルスに敬礼する。
「いや、敬礼はいいから……」
アルスが真剣な顔でダーシンを見る。ダーシンは冷やりと嫌な汗が流れるのを感じた。
「泳ぎを教えろ」
「………………は?」
アルスの言葉にダーシンの目が点になる。
側にいたバトーやモリもわが耳を疑う。
アルスはユキに泳いで追いつけなかったことが余程ショックなようだ。
「……ハッ。かしこまりました!」
我に返ったようにダーシンがピシリと返事をしたのだが、横でバトーが笑い出した。
「本気ですか!? 皇子!」
「……うるさい。笑うな」
「いやぁ、ユキ様速かったですもんね」
ユキの姿を思い出すようにバトーは顎に手をやる。
「そうだ! ダーシンなんかより、ユキ様に教えていただいた方がいいんじゃないですか? ほれぼれするするような泳法でしたもんね。私も教えを請いたいですよ」
アルスの眉がピクリと上がり、バトーを睨みつける。
「お前は別の所を見ていただろ!?」
「いいえ、まさかそんな事は……」バトーが笑って誤魔化す。
「とにかく今から水泳訓練だ! 全員集めろ!」
アルスの気合いがみなぎる。
「全員集合!」
モリが海の中の兵士達に号令した。