1. on the beach(4)
ウルートの百周年記念行事も滞りなく終わり、それに関するいくつかの公務も2日間に渡りいろいろと催された。
慌ただしくそれらの行事をこなすと、明日最後の1日は自由時間として過ごせることになった。
「ねえ、明日はあの砂浜に行こうよ」
ユキがソファで書類に目を通しているアルスに訴えていると、
「明日はヨットにでも乗ろうかと考えていたけどな」とアルスは答えた。
「ヨットもいいけど、あの砂浜を歩きたいの。近くに見えてるのに全然行く時間なかったでしょ? アルスは泳いできたらいいじゃない。ね? ね?」
アルスはそんなユキを見て笑った。
「じゃあ、凄い近場だけど、そうするか」
「ヤッター!」
ユキは手放しで喜んだ。
翌日ユキとアルスは連れ立ってビーチへと歩いた。
砂浜は白く、太陽の光を受けてキラキラと輝いている。間近で見ても、海はユキの想像以上に美しい。
沖縄に負けないくらいの美しさね
その透明なブルーの海に胸がときめく。
砂浜には小さめの天幕が張られていて、そこに長椅子とテーブルが置いてあった。テーブルの上には鮮やかなオレンジ色のジュースと豪華なフルーツの盛り合わせが置いてある。
ユキが腰かけると、ジュースを飲みつつ、アルスに声を掛けた。
「アルス。泳いでおいでよ。みんなもう遊んでるじゃない」
少し離れた場所で隊の皆が海の中にいるのが見えた。
「一人だとつまらないだろ?」
「全然大丈夫よ。……ああ、そういう意味じゃなくて、浜辺から見てるからって意味よ」
ユキが焦りながら答えた。
またアルスに誤解されたんじゃたまらない。
「じゃあ……少しだけ行ってこようかな。すぐ戻るよ」
「楽しんできてね」
ユキがにっこりと笑ってアルスに手を振った。
アルスは上着を脱ぎながら、海の中にいる集団に向って歩き出した。
よし……
ユキがちらりと後ろにいるヘレムを見る。
「ヘレム。このジュース美味しいね。おかわり貰える?」
ヘレムは笑顔を浮かべると了承して、空いたグラスをトレーに載せると近くに建つコテージへと歩いて行った。
もう一人いつも側にいるサラナは、部屋で荷造りをしていてここにはいない。
ユキはスクッと長椅子から立ち上がった。手足を伸ばしつつ天幕から出ると、波打ち際に向って歩き始めた。
建物の側でジュースのおかわりをトレーに載せていたヘレムが、波打ち際に向かって歩いていくユキに気付いた。
「ユキ様ー! 日傘をお持ち下さいね」
散歩でもするのかとヘレムはユキの背後から声をかけた。
ヘレムの声が遠くに聞こえてユキがパッと振り返る。
「げっ! もう帰って来たの?」
ユキが羽織っていた日よけのストールをストンと砂浜に落とした。同時に腰に手を当てると腰紐を解き、パテロというゆったりとしたズボンを脱ぎ捨てた。 パテロの中には日本から持ってきていた、ショートパンツを履いていたのだ。
一部始終を見ていたヘレムの顔色が変わる。
「ユキ様!!」
ヘレムの叫ぶ声が辺りに響き渡った。
その声に、海の中にいた隊の連中が顔を向ける。
波打ち際に立つユキのあられも無い姿に全員が固まった。
上半身のビスチェはともかく、このサマルディア皇国では足を見せて歩く女性はいない。
足首まで丈のあるスカートやズボンを履くのが一般的なのだ。
アルスも海中から顔を出し振り返ると、ユキの白い生足を見て硬直した。
ユキはヘレムの声から逃れるように、ポイポイと髪にさされた簪や腕輪を外すと海へ突進し、沖へ向かって泳ぎ始めた。
「ユキ!! 何やってんだそんな姿で! 待て!! 戻れよ!!」
アルスが大声を出し、ユキの後を追うべく泳いでくる。
それを聞いていたユキが大声で答えた。
「やーよ。私を止めたかったら捕まえてみなさいよ!」
ユキは楽しくてしょうがない。
まさかリアルでこんなセリフを吐くなんて……
笑いそうになるのをかみ殺しながら、全力のクロールでアルスから逃げた。
隊の連中はそんなユキをまだ呆然と見ていた。
白い生足にも衝撃を受けたが、ユキの泳ぎが速い事にも驚いた。女性が泳ぐことも珍しいのに、その泳ぎがまた見事なのだ。
浜辺で剣を差して警備にあたっていた近衛隊長のモリが、ハッと我に返って兵士たちに向けて叫んだ。
「全員回れ右! ユキ様を見るな!」
慌てて全員がユキから顔をそむける。
そんなモリの声を無視して、軍司令でモリと同年のバトーが泳ぐユキを見続けていた。
「バトー! いい加減にしなさい!!」
「はあ!? 何でだよ。滅多におがめないだろ? 邪魔するなよ。……だいたいお前はいいのかよ?」
モリが赤面する。
「それは……皇子の警護が任務なのだから、仕方無いでしょう」
バトーはそんなモリの言葉を聞いていない。
「……しかし、ユキ様速いな。皇子との距離…………離れていってないか?」
そのバトーの言にモリが目を細めて二人を見る。
確かに徐々に二人の距離が開いている。