8. 囚われの海(4)
二人が服を着終えた頃、海の方に光が見えた。呼んでいる声もする。海からもたき火の炎が見えているようだ。
「こっちよー!」
ユキが大声で叫び、手を振った。
小舟が岩場に着くと、アルスが飛び下りてきた。
「ユキ!!」
走るとユキを抱き上げた。
「無事でよかった」
ユキもアルスにしがみついた。
「心配かけてごめんね」
そっとユキが囁くとアルスがユキを睨みつけた。
「お前はいつも、いつも、いつも無茶ばかりするなよ!」
「だってレオが心配だったし、泳ぎには自信があるし……」
「それは知ってるけど、無茶はするなよな!」
ユキがシュンとする。
アルスがそんなユキをまだ睨みつける。
「怒ってるの?」
「怒ってるんじゃない。怖かったんだよ!」
ユキの目にジワリと涙が浮かぶ。
「ホントにごめんね」
ユキがアルスの頬を撫でた。アルスがユキの頬に口づけをし、また強く抱きしめた。
「あーあ。さっきやっぱりキスしときゃあよかったよ」
レオがジットリとそんな二人を眺めていた。
「レオも無事でよかった」
一緒に小舟で来ていたモリがレオの頭を撫でた。
「ユキ様の為に海へ飛び込んだのでしょう?」
モリが微笑む。
「結局俺が助けられちゃったけど」
レオが目を伏せて答えた。
それでもモリは微笑んでレオの頭をポンポンと叩いた。
全員が小舟に乗り、そのままレハルドの船着き場を目指していると、
「……ところでどうやって火をつけたんだ?」アルスがユキに話し掛けた。
アルスがレオを振り返る。
「お前がつけたのか?」
レオがプルプルと首を横に振る。
「そう言えば俺も不思議だったんだよな。本当に魔法を使ったの?」
レオが好奇心満々でユキに尋ねた。
「ああ、魔法って冗談だよ。ライターを使ったの」
『ライター??』
アルスとレオが声を合わせて繰り返した。
ユキがパテロのポケットからシルバーのライターを取り出す
「見ててね」
シュポッ
ユキの手元にいきなり小さな炎が浮かび上がった。
小舟に乗っていた皆が驚く。
「何だ!? それは? 魔法みたいじゃないか!」
アルスが大声を出す。
「だから、ライターっていう私の国ではごく一般的な火をつける道具よ」
「俺にも使えるか? 貸せよ」
アルスがユキの手からライターを奪うと蓋をガチャガチャと鳴らした。
「違うよ。こうよ」
凹凸のあるホイールに親指をあてその金属を回す。
小さな炎が燃え上がる。
アルスがもう一度受け取ると、今度は容易に火が付いた。
「凄い……」
アルスがその炎をじっと見つめる。
「うわっ! 俺にも貸して下さい!」
今度はレオが火をつける。
二人して何度も何度も消しては点けてを繰り返す。
「はい、もうお終い。ガスにだって限りがあるんだから、遊んじゃダメ!」
アルスが不満げにユキを見る。
「火遊びはダメなのよ!」
アルスが渋々と諦めた。
レハルドの桟橋に着くとそこには見た顔がユキ達を待っていた。
「ユキ様―!」
「キーラ! 久しぶりね」
小舟から下りるとユキとキーラは抱き合った。
「海に落ちたと聞いて心配していました」
「大丈夫よ。この通り。レオも無事よ」
レオは気恥ずかしいのかキーラから顔をそむけている。
「先生は?」
気を失い海に落ちた遠藤の事がユキは心配だった。
「町長のクジマ様のお屋敷でまだ眠っています」
ユキ達はこのレハルドの町長クジマの屋敷へ向かう事になった。
ロベリアのゲラーシ―から連絡が入っていたようで、ユキ達一行の受け入れを了承してくれているらしい。
キーラとレオに一旦別れを告げると、港から馬車に乗った。
10分程行った町の中央に立派な建物があった。
出迎えてくれた町長のクジマが遠藤の眠っている部屋へと案内してくれた。
「ユキ様!」
先生の側にはヘレムとサラナが付いていた。
「ご無事で良かったです」
「心配かけてごめんね」
二人の目には涙が浮かんでいる。
「先生のご様子は?」
「何度もお声を掛けているのですが、お目覚めになりません」
ユキが遠藤のベッドの側に行く。
何か夢でも見ているようで、時折瞼がぴくぴくと動き、顔が苦痛に歪む。
「先生。先生」ユキがそっと声をかける。
「み……き……」
遠藤がうなるように声を出した。
ユキがもう一度声を掛けると、パチリと目が開いた。
「美咲!」
ユキが遠藤の顔を覗きこむ。
「先生。藤城です。わかりますか?」
遠藤が首を傾けジッとユキの顔を見上げた。
「……夢か?」
遠藤が肘をつき、そっと体を起こす。
「ああ……こっちが現実か」
遠藤が両手を顔に当てた。
どうやら家族の夢を見ていたらしい。
ユキはそんな遠藤を見て、〈女神の書〉を作っていた時の自分を思い出した。
「先生。何があったか覚えていますか?」
遠藤がジッとユキの顔を見る。
「君と話をしていた……それから、陸が見えてきたからずっと船から見ていたんだ」
「先生は海に落ちたんです。覚えていませんか? 体は大丈夫ですか?」
遠藤が自分の体をポンポンとさわった。
確かに海水でべとつくが痛い所や怪我した所は無いようだ。
「健康そのものだよ」
遠藤が寂しげに笑った。
その切なさがユキの中でチリチリと何かを掻き毟る。
「君も……なんだかよれよれじゃないか? 大丈夫かい?」
言われてユキもようやく気付いた。
波にのまれ、泳ぎ、ぞんざいに絞って干した衣服はしわくちゃだった。
ユキの真っ直ぐな髪も、塩水を含んだ為にゆるゆると曲がりくねって乾いていた。
「ええ、海水浴をしていたんです」
ユキが笑って答えた。




