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1. on the beach(2)

 ウルートの町までは、ガシュインの港から船に乗り、わずか半日で着く距離だった。

 ガシュインまでが1日半かかるので船に乗るならば、よっぽど馬で行った方が近いのではないかとユキは思っていた。だが途中の道が岩山を越える事になるので、結局船を使った方が早いのだそうだ。


 ウルートの港は大きな桟橋が作られていて、そこに大型船が停泊する。

 沖には観光客の小さなヨットがたくさん見える。港からはその有名な砂浜は見ることができなかった。小高い丘の向こうに広がっているらしい。

 

 アルスに手を引かれ船から下りると、凄い歓声が聞こえた。

 ウルートの町長が先頭で出迎える。


「皇子、女神様、ようこそお出で下さいました。我々ウルートの民は心より歓迎申し上げます」


 アルスがにこやかに挨拶して答え、ユキを紹介した。


藤城ふじしろ雪です。どうぞよろしくお願いします」


 ユキはダマクスの指導の甲斐もあり、つらつらと挨拶の言葉を述べ、綺麗な姿勢でお辞儀をする事が出来た。

 歓迎してくれているウルートの町の人たちに手を振り、アルスとユキは用意されていた馬車に乗り込んだ。

 


 白壁で統一された町並みは、海の青色とのコントラストで美しく輝く。丘の上まで来ると、入江を囲むような白い砂浜の海岸線が見えた。


「わあ。キレイ……」

 ユキはその景色をうっとりと眺める。

 

 遠浅の砂浜は太陽の光を受けエメラルドグリーンに光っている。


「あの白い砂はサンゴの欠片でできているんだ。それで白いらしいぞ」

 アルスがユキの後ろから窓枠に手を付いて海を眺めている。


「へえ」とユキが隣で外を覗き込むアルスの顔を見て答えた。

 まるで新婚旅行にでも来たみたいだ。


 その視線に気づいてアルスがユキを見た。

「何かニヤついてないか?」

 アルスが顔を近づける。


「ニヤついて無いわよ」

 プイッと顔を窓の方に向けたが、アルスが窓枠に付いていた手をユキの顎にやる。

 ユキの顔が上を向くとアルスが屈みこんできた。


「ちょ……ちょっと! アルス! 何やってんのよ」

 ユキが慌てふためき、アルスの体を押し返そうと必死になる。



「えー……。コホン。後程お二人になられてからにして頂けますか?」


 目の前に座っていた文官長補佐のググンが呆れ顔で話し始めた。

 4人乗りの馬車に時間が無くて乗り込んでいたググンが今からの予定を話し始める。

 仕方なくアルスがユキから手を離した。


 この人何考えてるのよ!?


 嫌な汗をかきながら、ユキは平然と打ち合わせをするアルスを睨みつけた。


 


 丘の頂上に建つ白い大きな建物が皇家の別荘だった。

 白い大理石の建物に緑の芝生が広がる。色とりどりの花の舞う庭からは、海がよく見えるよう背の高い木は植えられていない。

 

 ユキに用意された部屋は2階の中央で、バルコニーからは砂浜と海が良く見える。建物と同じく白い調度品で統一された、明るい部屋だった。


「うわあ! 海が良く見える。素敵ね」


 ユキは部屋に入るとすぐにバルコニーに出た。


「この部屋が一番眺めがいいんだ」

 アルスもユキの後を付いてきた。二人で海を眺める。


 その間に、この別荘の侍従たちが荷物を運び入れてくれた。



「皇子。今後のご予定を書いた紙は机の上に置いておきますので、もう一度目を通して下さいね」


 部屋の中からググンの声が聞こえた。


「ああ、わかった」

 アルスは振り返らずに海を眺めながら答えた。


 ユキが不思議に思い、部屋の方を振り返る。

 荷物が多い……


「……ねえアルス。あなたの部屋はどこ?」

「ここだけど」

「じゃあ、私の部屋は?」

「……ここだけど」

 

 ユキの顔が一瞬引きつる。

「一緒の部屋なの!?」


 そのユキの態度にアルスがムッとする。

「何だよ。嫌なのかよ? 結婚するんだぞ。当たり前だろ」


「わかってるよ。わかってるけどさ……結婚式はまだなんだし」


「結婚式なんてただの通過儀礼だろ。俺たちが一緒の部屋で何の問題があるんだよ」


 まあ確かに、誰も問題視なんてしないだろう。


「いや…でも、いつも部屋は別だったし。……ここにはお仕事で来てるんだよね?」

 少し困ったような表情を浮かべるユキを見て、アルスがため息をつく。


「そんなに嫌なら、わかった。出て行くよ」


「やだ! 怒ったの?」 

 

 ズカズカと部屋から出て行こうとするアルスをユキは追いかけた。


「そんなに怒る事ないじゃない」

 ユキが焦る。


 ピタリと歩みを止めてアルスがユキを振り返った。


「ユキはいつも、まず嫌がるよな。どうしてだ? 本当に俺の事が好きなのか?」


「好きに決まってるわ」

 ユキがおろおろと答える。


「じゃあどうしてそういう態度を取るんだよ?」


「だって…………何だか恥ずかしいんだもん」

 

 アルスが憮然とする。

「わかった。恥ずかしいんだろ。だから別の部屋を使う。ユキはここを使え」

 そう言うとバタンとドアを閉めて、アルスは部屋を出て行ってしまった。



 ユキがその場にしゃがみ込む。

 こんな素敵な場所に来て、やる事がまずケンカだなんて……


「はああああ――……」

 ため息が漏れる。


「じゃあ、『同じ部屋なんて嬉しい。ルンルン』って言えば良かったの?」

 ユキは独り言をいう。


「……そうですよ。ルンルンで正解です」

 奥の部屋で二人のやり取りを聞いていた、ヘレムとサラナが顔を出す。


「皇子を追いかけて謝るべきです」

 ヘレムの意見は正しい。


「少し甘えてみてはいかがですか?」

 サラナのアドバイスは身に沁みる。


 でもユキは立ち上がると、

「疲れたからとりあえず時間まで横になる」

 と二人に告げ寝室へと向かった。


 ヘレムとサラナは顔を見合わせため息をついた。



 ベッドに一人横になるとユキは枕に顔を埋めた。


 アルスにはわからないんだ。

 ずっと周囲に人がいて、それが『人前なんだ』っていう感覚が。


 国民性とかもあるのかもしれないけど……

 やっぱりそれは生まれた時から、公人として生きてきた人間との違いなのかな?


「――――だいたい日本人は恥ずかしがり屋なんだからね!」

 ボンっとユキは枕を壁に投げつけた。

 

 ユキのこの感覚がアルスには理解できない。

 ユキにもアルスが平静でいられる感覚が理解できない。

 

 直視するつもりは無いのに、一つ一つあぶりだされる『違い』にユキは苦しくなる。

 


 ――――これが結婚ってヤツなのかな――――?

「お母さん…………」

 届かない声を敢えて口にすると、それは余計にユキの心をぐるぐると締め付けた。


「でも……仲直りはしなくちゃ……ね」

 ユキは体を丸くすると目を閉じた。



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ルーセント・ムーンの獣・・・「彼方からの手紙」はルーセント・ムーンシリーズの第三弾になります。第一作「ルーセント・ムーンの獣」からご覧ください。 ドラゴン・ストーン~騎士と少女と失われた秘法~新作もよければご覧ください。
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