7. 北上(2)
話の後、ユキはアルスとは一旦別れヘレムとサラナと買い出しにでかけた。更に北へと進むのだからレオが以前言っていた通り、毛皮を購入する為だった。
トムトルクの町はサマルディアとは違い、建物は堅牢そうな赤褐色のレンガが積まれている。
何より違うのは窓の大きさだった。
風通しをよくする為に大きく開かれる窓に、色とりどりの日除けの布が垂れ下がるサマルディアとは対照的に、冬の冷気にさらされるトムトルクの建物の窓は小さく、明り取りとして設けられている。
広い街路には市も出てはいたが、今は「宵の市」と呼ばれ、雪が降り出す頃には終わるのだそうだ。
ユキ達は冬支度に賑わう「宵の市」を歩いて回った。
市には冬を越すため多くの薪を積んだ店が並ぶ。
そして干し肉や野菜、発酵食品といった食物の他にも、ユキ達の求める毛皮やマント、ブーツなどを扱う店も多く出ていた。
「サマルディアでは絶対に見ないものですね」
サラナが毛皮を自分に当てながら呟いた。
「ホントに……こんな物が必要なくらい寒いだなんて想像がつかないわ」
ユキはそのヘレムの言葉には賛成だった。
この町でさえ特には寒くないのだ。
むしろ涼しくて過ごしやすい。ユキも一応毛皮を眺めていると、襟付の可愛らしいファーベストを見つけた。
「ねえ、私これにする」
ユキが自分にベストをあててにこやかに二人を見た。
「ユキ様。そんなんじゃ絶対寒いですよ。私ならここででもそれを着たいくらいです」
ヘレムが言った。
「うーん、でも私これくらいでいい気がする」
「それでは寒いと私も思いますわ」
そう言うとサラナが長袖の白い毛皮のコートをユキに当ててきた。
「これなんて上品でユキ様にピッタリです」
「あら、それいいわね」
「うーん。可愛いけどさ、暑くないかな?」
「大丈夫ですよ。レハルドが凍えるように寒かったらどうします?」
「だけどさ、これでいいような……」
「わかりました。そちらは室内用にいたしましょう」
ヘレムがにこやかにユキが譲らなかったファーベストを受け取ると、二人の推していた長袖のコートもきっちりと購入した。
それから、毛織物や帽子など買っていると、持ちきれないほどに荷物は膨れ上がってしまった。
「まだ買うのかよ!?」
警護兼荷物持ちに来ていたトーガとハセルが、両手に大荷物をぶらさげ四苦八苦している。
「あとはブーツだね」
振り返ってユキが言うと、二人は顔を見合わせがっくりと肩を落とした。
荷積みが終わると、ゲラーシ―達に見送られ船は再び北上する。
ここから船で行けるなら、日程は2日とかからないとゲラーシーは話した。明日の夜にはレハルドに到着する事ができるのだ。
翌日の昼前、船は通常なら嵐の海域に差し掛かった。そこはとても静かな海で、雲一つない群青色の空が広がっている。
上空には渡り鳥の群れが見えた。ユキ達とは逆の南の陸地へ向け、規則正しい隊列を組み飛んでいく。
甲板からそんな風景を眺めていると、ここが普段嵐で通れない海域の様には到底見えなかった。
この辺りまで来ると、甲板をせかせかと行き交う兵士たちの服装もすっかり北国仕様だった。
長袖のシャツの上には毛織の上着を羽織っている。
風の強い見張り台の上の兵士は分厚いマントまで着用していた。
ユキはまだサラリとした絹の上掛けを羽織っていた。ヘレムとサラナには風邪を引くからと心配されたのだが、本当に全然寒いとは思わないのだ。
暑い国で生まれ育ったサマルディア人と比べると、雪の降る国で育ったユキにはこれくらい何ともなかったのだ。
ユキが甲板を歩いていると、手すりから海を眺めている遠藤がいた。
「先生」
声を掛けると遠藤が振り返った。
彼はユキよりもさらに薄着で、サマルディアで用意された半袖のシャツを着ていた。
「先生、寒くないんですね」
「ああ、全然だよ。風が気持ちいいくらいだ」
遠藤もユキが着ている服を見た。
「藤城さんも薄着だね」
サマルディアでの格好に絹の上着を一枚羽織っただけのユキは、自分とあまり変わらないと思ったらしい。
「ええ、私もそんなに寒くないんですよ。たぶんみんな暑い所で生まれ育ったから、寒さに弱いんでしょうね」
そう言うとユキが笑う。




