7. 北上(1)
3日後準備が整えられ、暁の宮殿を行列が出発した。
「こんなに大勢で出発するのって久々だね」
アルスの愛馬のコルトに一緒に乗っているユキが後ろを振り返った。
「そうだな……確かに。オクリナの泉に行った時以来かもな」
今回はロベリアにも話を通してあり、小隊が警護に当たり、最果ての町まで行くことになっていた。
こうやって一緒にコルトに乗り、大勢でこの道を歩いていると、ユキはこの国に来た時の事を思い出した。
まだ1年ほどしか経っていないのに、ずっと昔の事の様だ。
ダーシンの馬に乗せてもらっていたレオが、前方の二人をジットリとした目で見ていた。
「なんでわざわざ一緒の馬に乗ってんだよ」
それを聞いたダーシンがあきれて口を開いた。
「お前まだそんな事言うてんのか? いい加減に諦めろや。どこをどうやったら、あのお二人の間に割り込めんねん」
「俺は諦めの悪い男なんすよ!」
「ユキ様は女神様やぞ? 高嶺の花! お前の事なんてこれっぽっちも見てないの。ほら、皇子と話してるユキ様の顔見いや。ようわかるやろ!」
レオが目を凝らして見ると、ユキは煌めくような笑顔を浮かべて、楽しそうにアルスと話をしている。
レオは眉間に皺を寄せると「フン!」と思いっきり顔をそむけた。
ガシュインから大型船に乗る。
船もこの国に来た時に乗ったものと同じ船だった。久々に会う料理長や船員たちにユキは喜んだ。
船は一路ロベリア北東部のトムトルクの町を目指す。そこから船を下り、10日程の行程を馬で最果ての町・レハルドへ向かうのだ。
途中いくつかの港に寄港しながら、トムトルクの町に船が着いた。
サマルディアと比べると気温がグッと低い事がわかる。まだ季節としては秋なのに、サインシャンドの冬よりも気温は低いようだ。
港に下り立つとサラナが震えるような声を出した。サインシャンドで冬に羽織る上掛けを二枚も重ねているのに、ぶるぶると震えている。
「さむーい! 信じられませんわ。こんな所で暮らしているなんて」
サラナはヘレムの腕にピタリとくっ付いて歩いている。
「ユキ様は、平気そうですね」
ヘレムが手をさすりながらユキを見た。
「まあね。東京の9月くらいなんじゃないかな? 言う程寒くないよ。少し涼しい感じ」
二人が羨望の眼差しでユキを見る。
ユキが二人と話していると前方からアルスに呼ばれた。
行ってみると、そこにはロベリア国の外交担当の大臣であるゲラーシ―が一行を出迎えてくれていた。
ゲラーシ―は三十代後半くらいだろうか。目じりの下がった優しい顔をしていて、ダークブラウンの少し長い髪を後ろ手に一つに括っている。
にこやかで感じの良い男性だった。
「ようこそお出で下さいました。皇太子殿下、月の女神様」
ユキもそれを受けて丁寧に挨拶をする。
ゲラーシ―がニコニコとアルスに話し掛ける。
二人は以前からの知り合いらしく、トムトルクへ皇子が来るというシラセを受けて、わざわざロベリアの首都から出迎えに来てくれていたのだ。
「皇子。荷降ろしの前に少しだけご相談があるのですが、よろしいですか?」
アルスが頷いて、ググンとモリ、バトーを率いてゲラーシ―の後を付いて行く。
ユキがそれを見送ろうとすると、
「よければ女神様も同席していただきたいのですが」ゲラーシ―が笑顔で振り返る。
ユキは自分が聞いてわかる話なのだろうか? と疑問に思ったが、皆の後について行く事にした。
港の側に立つ大きな建物の一室に入ると、皆の前には湯気を立てる紅茶が出された。
ゲラーシ―が話し始める。
「長い船旅お疲れ様でございました。馬はご指定通り準備できております。ただ、一つお話しておきたい事がございまして…………」
ユキはジッとゲラーシ―の顔を見つめて話を聞いていた。
しかし元々にこやかなゲラーシ―の顔を見ていても、今から良い話が出てくるのか悪い話が出てくるのか判断が難しかった。
ゆっくりと間をとってからゲラーシ―は話を続ける。
「実はですね、海軍の巡視艇の話なのですが、この5日ほどですがチェルキー半島を囲んでいる乱雲がきれいに消え去っておりまして、風も雨も無く、海も凪いでいるそうなのです。今出港なさるならそのまま船でレハルドに入港することもできると聞いています」
一同が驚く。
特にググンが身を乗り出してゲラーシ―に話し掛けた。
「まさかそのような事が? 私は、もちろん書籍でしか知りえませんが、チェルキー半島を囲む嵐はこの世界でも五本の指に入る謎とされておりますよね? 記憶にある限りその嵐が消え去るなど聞いたことはないのですが……実際にはよくある事なのですか?」
ググンが早口で捲し立てる。
「そうですね。この辺りの言い伝えでは過去何度かそのようなこともあったとか。ロベリアの書物にもその話は出てきております。それでもこんなに何日も続く事があったのは……」
ゲラーシーはちらりとユキを見た。
「今から三百年ほど前だったと、この辺りに伝わる風土記には書かれておりますね」
ググンの目が瞬く間に輝く。
「アカンティの女神ですね!」
その場にいた全員がユキの顔を見る。
「私……?」
ユキが自分を指さし戸惑ったような顔をする。
「嗚呼、なんてすばらしい事が! こんな事女神の書でも読んだことありませんよ! ユキ様大発見です! やはり調査して書にまとめなくては! すみません、その風土記はこちらで購入する事はできますか?」
ググンの弁は止まらない。
バトーが口を押えて笑いをかみ殺している。
「ググン! それは後にしろ!」
アルスが呆れ顔で制した。
ググンがあからさまに嫌そうな顔をする。大いに不満があるようだ。
「ではそのまま船でレハルドを目指そう。荷は下さず、必要なものは買い足して出港するぞ」
アルスの指示で皆が一斉に立ち上がった。




