表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/38

6.  遠方からの客(3)

 サロールは遠藤の持っていた薬のおかげで、症状も出ず安定していた。

 薬の中でも発作を止める為に服用する薬があり、それはサロールだけではなく、皆の心にも安心を生んだ。

 

 ユキの通訳で薬の服用の仕方や、食事療法などもヒリクに伝えられ、大宮殿は以前のような平穏を取り戻していった。サロールも少しずつ回復を見せ、仕事を始めるようになった。

 


 ユキはいよいよ最果ての町へ行くことを決心をした。


 それをアルスに伝えなければいけない。

 今度こそユキはアルスの側を離れて出発するのだ。


 


 会議の合間に時間の空いたアルスは、ユキと一緒に部屋で過ごしていた。

 意を決するとユキが姿勢を正してアルスに向き合った。


「アルス。私、最果ての町へ行こうと思うの。陛下の容体も安定してきたし、元気も取り戻されたわ。遠藤先生の薬もある」


 ユキが真剣な顔でアルスに伝える。


「わかった。……でも俺も行く」

 同じくアルスが真剣な面持ちでユキに答える。


「でも、陛下の側にいたほうがいいわ」

 

 薬があるといっても、また発作が起こるのは正直怖いとユキは思っていた。


「いいや、俺も行く。ユキの側にいたいんだ。父上も絶対に賛成してくれる。伯母上にいたっては寧ろ『行け』と言うだろうな」


 アルスが微笑む。


「それにそう言うだろうと思って、かなり仕事の調整は付けて来たんだ。後は大臣達に引き継げばいい」


「アルス……ありがとう」

 ユキは満面の笑顔を浮かべた。



 アルスも一緒だ。

 心の底から嬉しかった。


「私、暁の宮殿に戻って旅の準備を始めるわ」




 ユキは遠藤と一緒に暁の宮殿へと戻った。言葉の通じない遠藤だけを大宮殿に残すわけにはいかなかったからだ。


「付き合わせてすみません」


「いいや、こちらこそ気を遣わせてしまったね。観光にもなるし、外に出るとこっちとしても楽しいよ」

 

 遠藤は馬車からサインシャンドの町を珍しげに眺めた。

 

 暁の宮殿に戻ると遠藤を部屋へと案内し、自分は紅玉の間へと向かった。

 1階の渡り廊下を歩いていると、開かれた窓から声をかけられた。


「ユーキ!」


 窓に顔を向けると外にレオがいた。


「レオ!? 何でここにいるの?」

 レオはキーラたちと最果ての町に帰ったと思っていたので、ユキは心底驚いた。

 

 レオは窓枠を飛び越えると、廊下に入って来た。

 上半身は裸だ。


「何? その恰好……」

 ユキの頭は疑問だらけだ。


「師匠たちと一緒に俺も戻ってきたんだよ」

「師匠?? 誰よそれ」

「シュバリツ様だよ」

「え? シュバリツ? ……って誰?」

「モリ・シュバリツ様だよ!」

「ええ!? モリさん!?」


 更にユキの頭は疑問符で埋め尽くされた。


 一体いつからモリさんを『様』まで付けて、『師匠』と呼ぶようになったのだろう?



 確かここを出る時はげんこつされて、睨んでいたような気がする……

 ユキは訝しげにレオを見た。


「……それで、その恰好は何?」


「ああ、宿舎の方で訓練してたんだ。剣と格闘技とさ。トーガさんがいたから槍まで教わっちゃった」


 レオの「様」や「さん」付けが妙におかしくてユキは吹き出しそうになった。


「何? なんか成長したのね」


「そりゃ、俺だって成長するよ。もう15になったしな」


「そう、おめでとう。じゃあ、がんばってね!」

 言ってユキが歩き出そうとすると、レオが近くに寄ってきた。


「ほら、背も伸びたんだぜ」


 レオが間近に来ると、確かに視線が同じ高さに無く、ユキよりも背が高くなっている事がよくわかった。


「ホントだ。成長期って凄いね」

 ユキが微笑んだ。


「膝とかすげえ痛いんだからな。まだまだ今から伸びるさ」


「きっとそうだね」

 ユキがそう言ってまた歩き出そうとすると、レオは前に回り込んできた。


「だから、すぐに大人になるって言ったじゃん。……あいつと結婚すんのは止めろよ!」

 

 ユキは目を丸くする。


「まだそんな事言ってるの? あー……あのね、私はアルスの事が好きだから結婚するのよ。わかった? 邪魔だから退いて。今急いでるのよ」


 ユキがレオを避けて行こうとすると、更に手を広げて道を塞いだ。


「レオ……いい加減にしないと怒るわよ」


「結婚止めるって言うまで退かねぇ」


「ほんっとに子どもね!」


 レオがムッとする。


「あなたキーラにお兄さんとは5つだったか6つだったか年が違うのを馬鹿にしてたじゃない。私がいくつだと思ってるのよ? 22よ。あなたとは7つも違うの! 以上」

 

 そう言ってユキがレオの腕を押しのけ、無理矢理通り抜けようとした。

 レオは自分に向けられたそのユキの手をすり抜けユキの肩を掴んだ。


「年とか関係ねーよ」 


 耳元で囁くとレオがもう片方の手をユキの背中に回し、ユキを抱き寄せようとした。


 ユキの体は一瞬だけ抵抗しようと強張った。

 だがすぐにそれは緩んだ。


 ユキは自分の視界の中で揺れる、レオの銀色の髪の向こうを見ていた。


 素早い動きのはずが、まるでスローモーションのようにゆっくりと大きくその姿が見えた。

 

 ゴン!!

 

 レオが強烈なげんこつをくらう。レオの後ろに立っていたのはダーシンだ。


「痛ってぇ……」

 レオがユキから手を離し、頭を押さえると涙目でしゃがみ込む。


「戻らないと思えば、お前はアホか!」

 ダーシンがレオの首に腕を回す。


「ナイスタイミングね。ダーシン」

 

 ユキが溢れんばかりの笑顔を見せた。

 そのユキの笑顔をレオは涙目のまま睨みつける。


「すんません、ユキ様。お手を煩わせました。こいつにはたっぷりお灸据えますんで」


 そう言うとダーシンはレオの尻を蹴り上げた。

 渋々とレオは窓から渡り廊下の外へと飛び下りた。

 ダーシンもユキにお辞儀をすると、ひらりと窓から飛び下りる。



『邪魔しないで下さいよぉ』

『お前は何考えてんねん!』

『俺は真剣に……』


 レオはダーシンの説教を聞きながら兵士宿舎の方へと戻っていった。


 ユキが「ふう」と息をつくと紅玉の間へと急いだ。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルーセント・ムーンの獣・・・「彼方からの手紙」はルーセント・ムーンシリーズの第三弾になります。第一作「ルーセント・ムーンの獣」からご覧ください。 ドラゴン・ストーン~騎士と少女と失われた秘法~新作もよければご覧ください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ