表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/38

6.  遠方からの客(2)

「みんな信じて。この方法は私の国では特別では無い一般的な治療法なのよ。そして先生は心臓の病の専門医なのよ。……私は先生を信じる。……お願い!」

 

 ユキの必死の様子に誰よりも先んじてエレノワが声を上げた。


「皆控えておれ! わらわはユキを信じる! そうであろう? アルス?」


「もちろんです!」

 アルスも決意を固めていたのか即答する。


「ダマクス……お前は下がっていろ」


「皇子! しかし……」


「お黙り!! 邪魔するならばお前を無理にでも追い出す」

 エレノワの迫力にダマクスは渋々と遠藤の前から離れた。



「……ダマクス……」

「陛下!」


 弱弱しい声で目を瞑っていたサロールが口を開いた。


「私は……ユキさんを信じている。これは神のおぼしめしだ。全てを信じ……受け入れよ」


「陛下……」

 ダマクスは涙を流しサロール陛下のベッドの足元にひれ伏した。


「……先生……お願いします」

 サロールが首を傾け枕元にいる遠藤を見た。


 ユキが日本語でそれを伝える。


「それじゃあ、いきますよ。力を抜いていて下さいね」

 サロールの腕にスッと銀色の針が差し込まれた。

 

 点滴の量を調整し腕にはめた革ベルトの時計を見ると、遠藤はサロールの側の椅子から立ち上がった。


 サロールからは規則正しい寝息が聞こえ、深い眠りについていることが見てとれた。


 侍従とユキの後に続き寝室を出ると、遠藤の為に準備されていた部屋へと向かった。

 


 その部屋に入っても遠藤は部屋をキョロキョロと見回す。

「凄い部屋だね。ホテルのスイートも真っ青だよ」

 遠藤はそう言うと笑った。


「先生、私もしばらく大宮殿に居ますので、何かあればいつでも呼んで下さい。侍従には声をかけられたら私を呼ぶように伝えてありますから。お疲れでしょうし、少しお休みされて下さい。それでは……」


「あ……ちょっと待って。藤城さんだったね? 君は疲れているかい?」


「いいえ。私は何もしていませんから」


「そうか……僕も疲れていないんだよ」

 遠藤が微笑む。

「よければ聞きたい事はたくさんあるから、このまま話はできるかな?」


 ユキが「もちろんです」と頷く。

 

 でも20日もかかる長旅を終えて、すぐに診察までした遠藤が疲れていない事に少し驚いた。

 ユキはそのまま遠藤の部屋のソファに腰を下ろした。



「手紙に書かれていた通り、君は大学にいてそのままこの世界に来たんだね?」


 ユキは自分に起きた、あの大学での不思議な出来事を遠藤に話した。


「そうか……実は僕もね、丁度そのくらいの時間にあの校舎にいたんだよ」


 ユキが驚いて遠藤の顔を見た。


「狭心症の患者の往診に行くと言っただろう? それに一緒に付いてくるという奴がいてね。高校時代からの友人なんだが、池田というんだ。私たちの恩師がその患者なんだよ」


「池田って……池田先生ですか?」

 ユキが声をあげる。


「池田先生のゼミ生なんです。私……。あの時は講義の後で、忘れ物を取りにあの教室に戻ったところだったんです。池田先生の部屋は私の居た教室の隣です」


「そうか……。それなら君と私はあの廊下で同じ現象に巻き込まれたのだろうね」


 ユキはあの目を突き刺すような強烈な光を思い出していた。


「私……お気づきかもしれませんが、この世界で言葉に困ったことがないんです」


「そうか……よく勉強したんだね」

 遠藤は感心してユキを見た。


「違うんです。勉強なんてしていません。初めから何の苦も無く話しているんです。私は……自分では日本語しか話していないんです。それでも誰にでも言葉が通じるし、このサマルディア皇国以外の言葉でも話せるんです」


 遠藤が驚いた表情を浮かべる。


「僕はね。結構語学力には自信があるんだよ。英語には全く困らないし、日常会話ならドイツ語も話せる。しかし、この世界の人にはどの言語も通じなかった。それどころか、会話の糸口すら見つからないんだ。何を言っているのか全く聞き取れないんだよ。単語の一つ一つまで通じないなんてことは、普通は考えられないだろ? ジェスチャーを加えても何の意味も無いんだよ」

 

 遠藤は途方に暮れたような顔をした。


「それに……信じられるかい? 僕はこの世界に来てから髭を剃っていないし、髪も切っていないんだ」

 

 ユキは改めてその遠藤の顔を見つめた。

 すっきりと整えられた姿は、1年以上も放置していたようには到底見えない。

「それどころか、あまり眠くもならないし、お腹もすかない。疲れるという事も忘れてしまったようなんだ」

 

 ユキが目を見開く。

 

 人間がこんな状態で過ごすことなどあるのだろうか?


「君はそういう事はないかい?」



 ユキはこの世界に来てからの生活を振り返った。

 そしてゆくりと頭を横に振った。


 自分はそんなことは無い。

 短く切った髪も、もうとっくに肩の下まで伸びた。

 お腹もすくし、眠くなるし、疲れる。

 

 遠藤が寂しげに笑う。

「僕はこの世界では異物なんだろう。生きているという実感が湧かないんだ。とても孤独だよ。……早く家族の元へ帰りたい」


 遠藤が遠い目をした。


 ユキの胸にジリジリと焼けつくような痛みが広がった。

「先生。お手紙には書かなかったのですが、日本へ帰れる方法があるかもしれないのです」


 遠藤が目を見開いた。


「試したわけでは無いので、確実にそうだとは言い切れません。先生の居た、最果ての町・レハルドに言い伝わった物なのですが……」


 ユキがキーラとマルタから聞いた話を遠藤にも伝えた。

 遠藤が口元を手で押さえ、それを黙って聞いていた。



「…………つまり君が『女神』というわけか?」


 ユキは頷いていいのかわからない。

 この世界の人がそう呼ぶだけで、言葉がわかる以外には「自分は女神だ」と人に語る確たる証拠を、何も持っていない気がしたのだ。


「私が古代文字を読んだところで、何も起きない可能性もあるのです。それでもやってみなければわかりません」


 遠藤の瞳に強い光が宿った。

「可能性があるのなら、僕はそれにすがりたいんだよ。藤城さん一緒にあの町へ帰ってくれるかい?」


 ユキは大きく頷いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルーセント・ムーンの獣・・・「彼方からの手紙」はルーセント・ムーンシリーズの第三弾になります。第一作「ルーセント・ムーンの獣」からご覧ください。 ドラゴン・ストーン~騎士と少女と失われた秘法~新作もよければご覧ください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ