5. 選択肢(5)
「……違うんですよ」
サロールは微笑んでそっと目を開けるとユキを見た。
「あなたはどこかアデリナに似ている」
アデリナという女性はサロール陛下の妃で、アルスの母親だ。アルスが8歳の時に病に倒れ、亡くなったと聞いている。
「どこか似ていると思っていたけれど、はっきりとはわからない。顔なのか、姿なのか、雰囲気なのか……ずっとわからなかったのです。でもこの前ベッドで目覚めた時にわかりました。あなたの声音がとてもアデリナと似ているのです。あの時はアデリナに呼ばれているのかと思いました」
サロールはとても優しい目をしてユキを見た。
「そうなんですか? 知らなかった。アルスは何も言いません」
「アルスは……もしかしたら声までは覚えていないのかもしれないですね。子どもだったし」
ユキの胸が痛む。
「陛下。目を瞑って下さい。私が何か話しますから。え……っと、あ、何か歌いましょうか? 歌は得意なんです」
ユキが明るい声で話す。
サロールがそれを聞いて笑い出した。
「いや…すみません。歌を歌ってもらえるなんて思わなくて。ユキさんが好きな歌を歌って下さい。是非聞きたいな」
ユキが「うーん」と考える。
「じゃあ、私の国の名曲を…コホン」
(前をむいて。走っていけば、風が涙をぬぐってくれるよ……)
サロールがパチパチと力を振り絞って拍手する。
「いい歌だ。それにユキさんは本当に歌がお上手だ」
ユキは満面の笑顔だ。
「ホントですか? 私、歌には結構自信があるのに、以前歌ったらアルスには小バカにされたんですよ」
ユキが口をとがらす。
「それはいけませんね。後で叱っておきますよ」
「是非よろしくお願いします」
ユキがそう言うと、サロールはまた笑った。
「あなたが側にいれば、あの子も心配はないですね」
どういう気持ちでの発言なのかわからずユキは少しドキリとする。
「私はですね、死ぬのはちっとも怖くないんですよ」
それを聞いてユキの胸が押し潰されそうになった。
「そんな事……言わないで下さい」
ユキが首を振ってサロールを見つめる。
「ああ、誤解しないで下さいね。死にたいと言ってるわけじゃないんですよ。生きるのを諦めているわけでもない。でも死ぬことが恐ろしいとも考えていないのです」
サロールが微笑む。
「……アデリナに会えると思うとね、怖くないんですよ」
「ダメですよ! 陛下! そんな事言っていたらアデリナ様にきっと怒られますよ」
ユキの目にうるうると涙が溜まる。
「アデリナがいなくなってしまった時、私の時間は止まってしまったのです。アルスがいたからそれでも何とかやってこられました。私に万が一の事があってもアルスはきっと大丈夫だと思えるのですよ。あなたがいるから」
ベッドの縁に置いていたユキの手にサロールの冷たい手が触れた。
「私は……ただあなたに伝えたかったんです。ここにいてくれてありがとう。アルスと共に生きてくれてありがとう。きっとアデリナもそう言うだろうと思います」
もうユキの目からは滝の様に涙が溢れていた。
「ああ、そんなに泣かないで下さいね。アデリナの前にアルスに怒られてしまいます」
「陛下困ります。アルスは私に意地悪な事を言うし、困った事ばかりするし、絶対に怒ってくれる人が必要なんですから! 私一人じゃ飛んで逃げちゃいますからね」
サロールが笑った。
「わかりました。すみません。こんな話をしてしまって。まずは歌の件ですね?」
ユキは目元を押さえながら頷く。
「そうです。きついのお願いします」




