5. 選択肢(4)
陛下の寝室の重厚な扉が勢いよく開かれた。
「ユキ! サロールは!?」
「エレノワ様!」
ユキが立ち上がる。
「陛下はまだお眠りになっています」
公務でサマルディアの北部へと出向いていたエレノワは、知らせを聞き、取る物もとりあえずといった姿で深碧の宮殿に現れた。
サロール陛下の実の姉君だ。
サロールの寝台まで来ると、涙を浮かべ手を握った。
「サロール。お前まで私を置いて行くなど許さぬからな」
白く細くなってしまった弟の手に自分の額をつけた。
エレノワの肩が震えている。
「ユキ……そなたにもどうにもならぬのか?」
ユキの胸がズシリと重くなる。
「申し訳ありません。エレノワ様……」
「……神様はもう助けてはくれぬのだろうか……?」
ユキの喉元がぎゅうっとなる。
「……エレノワ様。今モリさんがお医者様を連れに北の果てににある、レハルドという町へ出向いています」
「医者を……? ヒリク先生以上の名医が?」
「……全くわかりません。でも……そのお医者様は私の世界の人かもしれないのです」
ユキはエレノワに今までの事を話す。
「まだ、何もわかりません。お医者様が来てくださるかもわかりませんし、来ても陛下をお助けできるのかわかりません……」
涙に暮れていたエレノワの瞳がユキを見上げた。
「私は信じる――――。それがどういう結果であろうと、これこそが神のおぼしめしだろう。目の前にユキがいる事こそ奇跡だ。そのユキの元に彼の地から手紙が届いた。何が起ころうとも、ありのままに受け入れよう」
いつものような強い光をエレノワの瞳は取り戻していた。
膨大な仕事のあるアルスの代わりに、ユキとエレノワが交代でサロールの看病に当たった。
サロールは2日の間眠りつづけた。
そしてその翌日――――
ユキは夜明け前からサロールの側に付いていた。
夜中ずっと起きていたエレノワと交代する為だ。そっとサロールの額に浮いた汗を拭うと、ピクリと瞼が動いた。
「陛下! 陛下! 気づかれましたか?」
ユキが身を乗り出してサロールに声を掛ける。
固く閉じられていた唇が動く。
「……ア…デリナ……」
ユキの顔に笑顔が浮かぶ。
「ユキです。陛下」
そっとサロールの目が開いた。
「ああ……ユキさんか。私は一体?」
「陛下はお倒れになったのです。すぐにアルスとエレノワ様を呼んできます」
ユキは急いで寝室を飛び出した。
「父上!」
アルスがサロールの手を掴む。
「ああ……アルス。心配をかけた」
サロールが弱弱しくも笑顔を浮かべた。
「サロール。お前はほんに手のかかる子だね」
エレノワが涙を浮かべ、サロールの頬に手を当てた。
「姉上……心配をおかけしてすみません」
ヒリク先生も寝室に入り、サロールの脈を診る。
「先生、父上は?」
ヒリクが笑顔を浮かべる。なんとか峠は越えたようだ。
よかった――――
アルスの顔に安堵の表情が浮かぶ。
ユキもそれを見てホッと体から力が抜けるような気がした。
意識を取り戻したサロールだったが、容態はあまり芳しくはなかった。ベッドから起き上がることのできないほどに、体が衰弱していたのだ。一向にその状況から回復がみられない。
アルスはとりあえずたまりにたまった公務を片付ける。サロールの分まで昼夜問わず大宮殿で仕事に追われていた。
ユキはその間のほとんどを、サロールの側で過ごしていた。
「ユキさん。ありがとう」
まだベッドに横になったままのサロールがユキに話し掛けた。
「いいえ。私は何もしていませんから」
ユキが答えるとサロールはそっと目を瞑る。
眠ってしまったのかもしれなかったが、心配になりユキが声をかけた。
「……陛下……?」
ヒリク先生は一時的に危険な状況は脱したものの、まだ体が弱っていて次に発作が起こると、危ないと言っていたのだ。
ユキはそれを思いだしドキリとする。




