5. 選択肢(3)
アルスの側にいたユキは「少し休んだほうがいいよ」と客室のベッドに付き添った。
レハルドに行く準備を進めていたアルスは、また寝不足で仕事をこなしていたのだ。
「眠るまでここにいるから」
ユキはアルスの手をそっと両手で包み込んだ。
アルスが眠りに落ちると、ユキは静かに部屋を出た。心配になりまた陛下の寝室へ戻る。
付き添っていたヒリク先生にお願いして、少しだけ陛下と二人にしてもらった。
まだ陛下は眠りの中にいる。
「陛下。……私はどうしたら良いでしょうか? どれが正解で、どれが間違いですか?」
ユキの目からはまた涙がこぼれ落ちる。
こうしている間にもどんどん時間は過ぎてしまう。一刻も早く旅立たなければならない。
トントン
寝室の扉がノックされた。顔を出したのはモリだった。
「すみません。お二人になりたいと仰っていたのに、……お邪魔でしょうか?」
ユキは涙を拭きながら首を横に振った。
「アルスは眠ってる?」
「はい。お疲れになっていたようで、ぐっすりと眠っていらっしゃいます」
「モリさんも疲れているでしょう? ここは任せて、あなたも休んで」
モリはそのユキの言葉には答えない。
「ユキ様……大丈夫ですか? その……ご様子が。もちろんこの様な状況なので当たり前なのですが」
落ち着いたモリの声が心に響く。ユキの目からポロポロと涙がこぼれる。
モリはいつもユキの事を気にかけてくれる。初めて出会ったあの荒野からそれは全く変わらない。
「……モリさん。私、どうしたらいい? 陛下をお助けしたいの。でもアルスの側にもいてあげたいの」
ユキが嗚咽を漏らす。
「ユキ様。落ち着いて。少しそちらに座りましょう」
モリに言われて、近くにあった椅子に腰かける。ユキが鼻をすすりながら、息を整える。
ユキが落ち着くまでモリは黙って待っていた。
「……陛下をお救いできるかもしれないの」
モリは驚いてユキの顔を見る。
「最果ての町のお医者様よ。私の世界は医療技術がここよりも先を行ってる。施設も器具もここには何もないけれど、キーラはお医者様が彼女のお父さんの傷を塞いで薬をくれたと言っていたの。だから……もしかしたらここへ来れば、何か治療をしてもらえるかもしれない」
ユキがモリの顔を見る。
「でもお医者様には言葉が通じないのよ。誰も彼に説明ができない。お願いする事もできないわ。それなら私が行って、お願いするしかないもの。でも……でも、あんなアルスを置いて1ヶ月以上もここを離れたくないのよ。……どうしよう。どうしたらいいの?」
止まっていたユキの目に、また涙が溜まる。
「…………私が参ります。最果ての町には私が」
ユキがモリの顔を見つめる。
「でも、モリさんが行っても言葉が通じないわ」
モリは少し考えて口を開いた。
「ユキ様……お手紙を書かれてはどうでしょうか? お医者様なら文字を読むことは容易いですよね。ユキ様の故郷の言葉でサマルディアに来てほしいと綴られれば、伝わらないでしょうか?」
ユキは瞬きするのも忘れて、モリの顔を見た。
「そうね。……手紙よね。思いつかなかった……。日本語の手紙を見れば来てくれるかもしれないわ!」
ユキは勢いよく立ち上がった。体が急激に熱を帯びる。
「モリさん準備しましょう。私が手紙を書くから。お願い! それを届けて!」
翌日の早朝、暁の宮殿前では見送りの為にユキ達が揃っていた。最果ての町に行くのはモリの他にロベリア語に長けている第二小隊長のジリム、巨漢のテムだ。その三人と共にレオとキーラ、マルタも旅立つ。
「モリさん。お願いね」
ユキは油紙に巻いて紐で縛った小さな包みを渡した。
「……お手紙ではないのですか?」
少し重量のあるそれを抱えてモリはユキに尋ねた。
「手紙と一緒にスマホも入れたの。これを見れば、手紙を見なくても私の世界の人間なら飛びつくと思って」
モリが頷く。
「必ず……命に代えてもこれを届け、お医者様をお連れします」
「できれば命に代えずに連れてきてちょうだいね」
ユキがにっこりと笑った。そして後ろにいたレオたちを見る。
「落ち着いたら私も行くから」
キーラの目には涙が光っている。
「気をつけてね」
ユキがキーラを抱きしめた。
「何だよ。ユキも来ると思ったのによ」
レオがむくれている。
「ごめんね、レオ。バイバイ」
「仕方ねーな」
レオが両手を広げる。
「ほら」
レオがユキに近づくとモリがレオにげんこつをした。
「いてーな!」
レオが頭をさすりながらモリを睨みつける。
ユキがそれを見て笑った。
「マルタさんもお気をつけて。私も必ず行きますので、その時はよろしくお願いします」
「是非、レハルドにてお待ちしております」
そう言うとマルタが深々とユキにお辞儀をし、祈りを捧げた。
ユキは皆を見送ると大宮殿へとすぐに戻った。陛下はまだ眠ったままだ。
アルスが隣に座ったユキと手を繋いだ。
「皆行ったのか?」
「うん。無事に旅立っていったわ。手紙もばっちり書いたしね」
ユキが笑顔を見せる。
「絶対お医者様が来てくれるよ。大丈夫」
アルスは、そう言ってほほ笑むユキの顔を見つめた。
―――――ユキは行かなかったのだ
この話を聞いた時、きっとユキが最果ての町にいくつもりだったのだと思った。
ユキが直接出向いて医者を連れてくる。
言葉が通じるのだからそれが早いに決まっているのだ。
それでもここに残る事をユキは選択した。
自分の側にいる事を……
「皇子。このような時に申し訳ありません。どうしても判断をしていただかなければならない事がありまして……」
大臣の一人が入り口からそっと声をかけてきた。
アルスがサロールの顔を見る。
「私が付いてるから大丈夫だよ」
「少し行ってくるから頼む」
ユキの耳元でそっと囁くと、またサロールの顔を見て部屋を出て行った。




