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1. on the beach(1)


 珍しくユキはアルスと一緒に夕食をとっていた。


 アルスは日々の雑務や公務に加え、ここ最近は結婚式の準備にまで追われ、多忙を極めていた。


「ユキ。来週ウルートの町で開港百周年の記念行事があるんだ。一緒に行こう」

「ウルート? ウルート……」

「ガ……」

「言わないで! 待って」


 アルスがどこにあるのか説明しようとしていたのを、ユキは慌てて止めに入った。


 主な市町村はお妃教育のカリキュラムの中で勉強していたのだ。ダマクスに試験までさせられていたのである。


「わかった! ガシュインの港の南部にある、有名な将軍の像がある……えーっと誰だっけ?」


 アルスはユキの回答を聞いて笑った。

「逆だ逆。ガシュインの北部にある、入江の町だよ。有名な観光地だぞ」


 ユキは頭に手を当てた。

 だから地理は嫌いなのだ。


「……で? そのウルートが何だっけ?」

 

 ユキはまだサマルディアの地図を頭の中で広げて、ウルートの位置を模索していた。


「だから開港百周年の記念行事があるんだよ。皇族も呼ばれているからな。俺とユキで行くことにした」


 ユキの瞳が輝いた。

 最近お妃教育からの結婚式準備で、ストレスが溜まりに溜まっていたのだ。


「嬉しい! これで羽が伸ばせる」

 ユキが歓喜の声を上げる。


 アルスがそれを見て微笑んだ。

「まあ、行っても公務、公務で忙しいだろうが、少しくらい時間を作ってゆっくりしよう」


 



 自室に戻ったユキは浮足立っていた。側にいたもう一人の侍女、ヘレムにウルートの町について尋ねた。


「それは美しい海岸線の避暑地ですよ。皇家の別荘はもちろん、各地の貴族の別荘もたくさんある、サマルディア随一の観光地ですから」

 

 それを聞いていたユキの胸が高鳴る。


「……そういえば大広間の手前に、ウルートの海岸線を描いた絵画が飾ってありますよ」


「そうなの!? 見てくる」

 ユキは興奮を抑えきれずに部屋を飛び出した。慌ててその後をヘレムが追いかける。


 白い大理石に幾何学の彫刻が施された額に収まった絵画は、ユキの両手を広げたくらいの大きさだった。何も気に留める事無く、何度もその絵の前を通っていたことがここに来て良くわかった。




 絵は抽象的で白と橙色の砂浜を、小高い丘の上から見たような構図だった。絵の上部が水平線である。

 その水平線には朝日が昇ろうとしているのか、紫や紅に染まる海が描かれていて、色彩の美しい絵だった。

 


 改めて見るとなんて綺麗な絵だろう。

 ユキはその絵の前に佇んだ。


「……ねえ、ヘレム。もしかしてウルートの海岸は砂浜なの?」

 

 ユキは振り返ってヘレムに尋ねた。


「ええ、この砂浜の美しさが有名な町ですからね」


 ユキの顔が輝く。

「ヤッター! 海水浴ね!」


「……『海水浴』ってどういう事ですか?」

 ヘレムが焦ったようにユキに口をきく。


「ああ。『海水浴』っていうのは、水着を着て海で泳ぐってことよ」


「……それはわかっております。そういう事では無くて、ユキ様が海水浴だと喜ばれるのがどういうことかと申し上げているのです」

 

 ユキはまた、この国の言葉に『海水浴』が無くて、ヘレムに通じていないのだろうと思ったがそうでは無かったようだ。


「まさか……ユキ様が海で泳ぐと仰っているのではありませんよね?」

 ヘレムがユキの顔を見据える。


 ユキも今までのルンルン気分が消え去り、嫌な気配をヘレムから感じ取った。

「まさか……泳ぐなと言うんじゃないでしょうね?」


「泳ぐ気だったのですか!?」

 ヘレムが額を押さえ絶句している。

「女性がなんとはしたない事を! 水浴びくらいでしたら構いませんが、泳ぐなんて言語道断です! ましてやユキ様は女神様で、次期皇妃様なのですよ!」


 また出たよ!

 

 ユキは苛立ちを隠せない。最近自分がどれだけの事をこの国に合わせてやってきたのか思い返していた。

 お妃教育に、結婚式の準備。

 それに今からはサン・サル教の儀式についても勉強しなくてはいけないのだ。

 一応の仏教徒であるユキだったが、お正月には神社に初詣に行くし、クリスマスにはケーキを食べ、サンタさんからのプレゼントを心待ちにしている子どもだった。

 無宗教に近いようなユキだが……いや、だからこそ宗教の勉強なんて考えただけでもウンザリするのだ。

 

 ヘレムはそんなユキの少しの楽しみをも奪おうというのだろうか?


「あのね、ヘレム。私、最近すっごく頑張っていると思うのよ。それに、今年の夏にはね、バイトのお金を貯めて、友達のマリカと『必ず沖縄に行こう』と誓い合っていたんだから。その為に去年のディズニーは諦めていたんだよ? それなのに……それなのに、こんな素敵な砂浜で泳ぐなですって? 私ね、こう見えても、泳ぎには自信があるのよ。小学校の6年間、スイミングだけは続けたんだから」


 ヘレムはうんうんと頷きながらユキの話を聞いている。


「……ユキ様の言い分はわかりました。ですが、泳ぐのはダメです。寧ろ水浴びだって止めて下さい。せっかくの白肌が焼けてしまいますよ? 結婚式があるんですからね」

 

 ……何よ! 

 頷いて聞いていたくせに!

 

 ユキのヘレム説得は失敗に終わった。

 

 ユキはこの件についての説得は絶対に無理だと理解した。

 そうして、これ以上は何も言わずにこっそり計画を練って、必ず実行してやると腹をくくった。



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ルーセント・ムーンの獣・・・「彼方からの手紙」はルーセント・ムーンシリーズの第三弾になります。第一作「ルーセント・ムーンの獣」からご覧ください。 ドラゴン・ストーン~騎士と少女と失われた秘法~新作もよければご覧ください。
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