5. 選択肢(1)
急ピッチで旅の準備が整えられていく。ユキも自室で荷造りに励んでいると、キーラが顔を出した。
「今忙しいですよね?」
「大丈夫よ。休憩しようと思っていたところだから」
ユキがキーラを招き入れようとすると、後ろにひょっこりとレオが顔を出した。
「おっじゃまっしまーす!」
ニコニコとレオが笑顔を浮かべる。
ユキがそれを見てキーラのすぐ後ろで扉を閉めようとした。
慌ててレオが手を伸ばす。
「ひでーな。俺も入れてくれよ」
「ボクがおりこうさんにできるなら考えてもいいけど?」
ユキがそう言うとレオはちょっとムッとした顔をした。
「できますよ。おねー様!」
ユキが「どうぞ」と扉を開けた。
「うおっ! すげぇ部屋」
レオがキョロキョロと部屋を見回す。
キーラがユキに促されて、赤いベルベッドのソファの上に腰を掛けた。
「何? お前驚かないの?」
キーラが顔を上げてレオを見る。
「そりゃあ初めは驚いて興奮したよ」
「初めてじゃないのかよ!?」
レオが声を上げる。
「うん。2回目」
「俺も誘えよな!」
「誘わないよぉ。邪魔だもん」
ユキがキーラの言葉を聞いて笑った。
「だよね」とその発言に同意する。
レオが不貞腐れてドカリとソファに腰を下ろした。
サラナが三人の前にお茶とお菓子を運ぶ。
「……二人は友達なの?」
ユキが尋ねる。
「うん、そうなの。幼馴染み。家が隣同士なんだぁ」
キーラがほほ笑む。
「それで通訳をお願いしたの。レオのお父さんの仕事でサマルディアに行くことが多くって、レオも言葉覚えちゃったのよ。本当はお兄さんのライの方が上手なんだけど、ライ兄ちゃん忙しいしね」
キーラが残念そうな顔を浮かべる。
「こいつガキのくせに兄貴の事が好きなんだよ。5つも年上なのにさ」
キーラがレオの腕にげんこつした。
「これだから子どもは嫌なのよ!」
キーラがプリプリとレオに怒る。
「お前は俺より2つも下だろうが!」
レオが言い返す。
ユキがそんな二人を見ていて笑った。
「仲いいね」
『良くないよ!!』
二人が声を合わせて反論した。
「……ねえ。レハルドってやっぱり寒いの?」
二人のにらみ合いが続くのでユキが話題を変えた。
「寒いに決まってんだろ! 北の果てだぞ? サマルディアから行ったら凍っちゃうよ」
「今の時期も?」
季節は夏を過ぎて秋に差し掛かろうとしている。
「レハルドも一応夏はあるけど、こんなに暑くはならないし、それだって短い間なんだ。あと1ヶ月もすりゃあ雪が降り始める頃だよ」
「もう雪が?」
ここに来て冬らしい冬も味わっていないユキだったが、季節としては一番冬が好きなのだ。
空から舞い落ちてくる雪が、次第にユキの家の花壇にほこほこと積もり始める。
朝目覚めるとカーディガンを羽織るよりも前に、窓辺のカーテンを開けるのだ。広がる一面の白い世界に誰よりも先に飛び込みたくなる。
今日の電車の遅延よりも何よりも高揚感が勝ってしまうのだ。
「もしかしてユキ様は、雪を見たこと無いとか?」
キーラが尋ねる。
このサマルディアで生まれ育った者ならそういう者も多いだろう。
「私は雪の降る国に生まれたのよ。だからもちろん雪は見た事あるよ。この『ユキ』っていう名前は『雪』から名付けられたんだ」
「そうなんだ。ユキ様にピッタリの名前だね」キーラがにっこりと笑う。
「ありがとう」ユキもにっこりと笑む。
「毛皮とか持ってんの?」
レオが口を開いた。
「今から寒くなるし、毛皮必須だろ」
「毛皮? 持ってないよ。……そもそもサマルディアには売ってないんじゃないかな」
そんなに寒いのかとユキも少々不安になる。
「それならロベリアで買わないといけないよね」
着替えをいろいろ詰め込んでいたものの、それらが役には立たない不要なものが多いような気がしてきた。
その時、部屋の扉がバタンと勢いよく開かれた。
「ユキ様大変です! 陛下が…皇帝陛下がお倒れになりました!!」
部屋に入るやいなやヘレムが叫んだ。
ユキが青くなってソファから立ち上がった。




