4. 私はその時(1)
宮殿に戻ったユキは続きを話そうと、翡翠宮のキーラとマルタを尋ねた。
「さっきの続きをいい?」
キーラがにこやかに扉を開いた。
さっきのソファに腰かけると手紙を机の上に置く。
「まずお医者様の事なんだけれど、どうして一緒に来てはいないの?」
これにはキーラが答えた。
「一応話したんです。身振り手振りで絵なんかも描いてみたんです。でも本当に伝わらなくて。先生も一生懸命何かを伝えようとしてくれるんですが……」
確かにそうだ。
何も伝わらなければ、旅に出る事なんて難しい気がする。
知らない世界での孤独な気持ちは、ユキが一番わかっているのだ。
話が全く通じなければ怖くて外にも出られないかもしれない……
その医者にサマルディアに来てもらう事はできないだろう。それならばユキが行くしかない。
次にユキは古代文字の紙を示した。
「これは石版に書かれた文字なのよね? 遺跡なのかしら? レオは町の名物だと言っていたけど」
「そうですね。大昔からレハルドにある遺跡です。大きな平らな岩にこの文字が書かれています」
マルタが答える。
「これはマルタさん達には読めないのですか?」
「はい。女神様にしか読めないと言われています」
「この文章の意味は知っていますか?」
これにもマルタはかぶりを振る。
「では読んでもいいですか?」
マルタとキーラは驚いた顔を浮かべた。
「もう……。その……おわかりになるのですか?」
「ええ」
ユキは頷き便箋に目を落とした。
――――暗い道のり歩いて行けば、見えずに惑う。
花も鳥も獣も眠る。
子らよ眠れ。
目を瞑れば聞こえてくるよ。
かの甘き歌声。
月の光が包んでくれる。
古里の風、そよぐ睫毛に――――
ユキが読み上げる。
その言葉は二人の耳にはロベリアの言葉で伝わった。
マルタが深々とお辞儀をして祈りを捧げる。
「『月の子守歌』が書かれているのですね!」
キーラが興奮して声を上げる。
やはりレハルドでも『月の子守歌』として伝わっているようだ。サラナが言っていた事と一緒だ。
「でもこれが何の役に立つのかしら? 今読み上げても唯の子守歌とわかったでしょう?」
ユキがため息をつく。
マルタは言いにくそうに口を開いた。
「……申し訳ありません。この古代文字は一部分だけなのです。同じ石版があと二つあるのです」
ユキが驚いてマルタの顔を見る。
それなら続きに答えがあるのだろうか?
「おじいちゃん。それなら私にも答えは簡単にわかるわ! 後2つ同じものがあるのよ!? 決まってるじゃない。それは『月の子守歌』の2番と3番よ!」
キーラが満面の笑顔で答えた。
ユキがそれを渋い顔で聞く。
結局全てが子守歌なんだ…………
「解明できたけれど……それでお医者様をどうやって助けるの?」
そもそも『助ける』とはどういう事なのだろうか?
「やっぱり女神様が聖地で石版に書かれた古代文字を読み上げなきゃダメなのよ。そうして『彷徨う者』は還り安眠を手に入れるのね!」
ユキは目を見開く。
「つまり彼は古里へ還るのね!」
――――扉が開く!
日本への扉が開くのだ。




