3. もしも(2)
「……早速なんだけれどいいかしら?」
ユキは手に持っていた手紙を広げた。
名刺を差し出し単刀直入に問いかける。
「これを持っているのはどうして?」
「それはうちの父さんを治療してくれた先生の持ち物なんです」
ユキの心に確信が生まれる。
「そう。その先生のお名前は何と言うの?」
キーラの顔が少し曇る。
「それはわかりません。言葉が通じないので」
やはりそうかとユキは思った。
「でも名前くらいなら通じるわよね? 身振り手振りで何をさしているのかはわかるし」
キーラは「うーん」と首を捻る。
それを見ていたマルタが口を開いた。
「その……先生が発している言葉が一つもわしらの耳には聞き取れないのですよ。同様にこっちのしゃべっている言葉も先生には届かないようでして」
ユキにはマルタの発言の意味がわからない。
発音する言葉の一つ一つが聞き取れない事などあるのだろうか?
ユキは一枚目の便箋を取り出した。
「……これはキーラが書いたもの?」
キーラは頷く。
「これには『命を救って下さったお医者様』とあるけれど、何があったの?」
「エッと……うちの父さんが嵐の時に脇腹に太い枝を刺しちゃって。それで血が止まらなかったんだけど、先生がそれを抜いてくれて、血止めしてくれて、いろいろ薬をくれたの」
やはり医者には違いないようだ。
「先生は〈彷徨う者〉だったんだよ」
「彷徨う者?」
「〈彷徨う者〉っていうのはね……」
これにもキーラが口を継げないでいるとマルタが続けた。
「昔からわしらの町では、そういう者が現れると言い伝わっているのです。異国の者で口がきけない。魂の抜けた様にフラフラとする。それでもこの町から離れてはいかんのですよ」
「ちょっとよろしいですか」とマルタがユキの持って来た便箋の2枚目を、ユキの正面に向けて置きなおした。
「この古代文字の書いてある、巨大な石版が町にはあるんです。それに惹かれるようにして町から離れないんですよ。〈彷徨う者〉は……。でも嵐の日にわしの息子が大けがを負うと、魂が戻ってきたように、先生は治療をしてくれて、そっからは何か身振り手振りで伝えたりはするようになったんですが、言葉はさっぱりでして」
キーラが爛々とした顔でその続きを話し始めた。
ここからはキーラにもわかりやすい話らしい。
「女神様が救ってくれるんです。言い伝えでは、女神様の知識が古代文字を読み解き〈彷徨う者〉を助けるの。お願いします。先生はうちの父さんの命の恩人なんです。なんとかしてあげたいの」
「ふあー……。何? 朝っぱらからもう話てんの?」
奥の部屋からレオが欠伸をしながら出てきた。銀色の髪には寝癖が付いている。
ユキの後ろに立っているトーガを見ると、「昨日の奴じゃないんだね。あー良かった」と腕を上げて伸びをした。
「へえ。サマルディア語が話せんのか? 少年、頭いいな」
トーガがニッとレオに笑いかけた。
「あんた良い事言うね。兵士にしては見込みあるよ」
レオが生意気な口をきく。
「ああ……サマルディア語……」
ユキが目を丸くしてレオの顔を見る。
「何? 昨日話したんだから、俺が話せんのわかってただろ?」
「あ、そうじゃなくて……昨日はサマルディア語を話してたんだなあって……」
レオが眉をひそめてユキの顔を見た。
「昨日何語で話したつもりだよ!? 俺、キーラとじーちゃんの通訳で来てんだぞ」
「仕方がないのよ。私サマルディア語もロベリア語も全部同じにしか聞こえないから。何語を話してるかなんて、さっぱりわからないんだもん。……じゃあ、今キーラとマルタさんは何語を話していたの? ロベリア語??」
「え……ええ、今わしらとはロベリア語でお話されておりました」
ユキの発言に驚きながら、マルタが答えた。
「へぇー。 女神様って結構不便だね」
嫌な事言う子どもだなとユキはレオを見た。
「……とりあえず腹減ったな」
レオが言うと、ユキは朝ごはんも食べずに押しかけてしまった事に気付いた。
「ごめんなさい! 私ったら……。朝食を準備してもらうから、また後で話を聞かせてね」
そう話すとトーガを連れて部屋の外へと出ていった。




