3. もしも(1)
翌朝早くユキは目覚めると、朝の支度もそぞろに廊下へと飛び出した。
昨晩先に宮殿に帰るように言われたユキは、レオとキーラの馬車が暁の宮殿に到着するのを今か今かと窓からそわそわと眺めていたのだ。
結局その夜は会えず終いで、彼らは別棟の翡翠宮に泊まったと今朝ヘレムが教えてくれたのだ。
以前ユキが使っていた白鹿の間や書庫がある建物だ。
翡翠宮の建物まで小走りで来るとその廊下に、ダライの小隊でユキと同じ年のトーガが立っているのが見えた。
「おはようトーガ。……こんな所で何やってるの?」
ユキが驚いてトーガに声をかけた。
「昨晩来たお客さんの見張りだよ」
ユキがギョッとする。
「そんなに警戒するような人たちじゃ無いはずよ。子どもが二人とお爺さんが一人だと聞いてるもの」
「……まあ、警戒するのも仕方ないだろ。あんな事もあったしさ」
ユキにはトーガの言っている意味が十分理解できた。
それでもこれはやり過ぎなんじゃ無いかとユキには思えたのだ。
「ごめんね、トーガ。お世話かけます」
トーガが「仕事だからな」と笑った。
ユキがそのまま横を通り過ぎ、奥の部屋へと進もうとすると、トーガが立ちはだかった。
「ちょっと待てよ。姫さん一人で行く気かよ? 皇子が見張りまで置いてんだぞ。皇子に言ってから行ったがいいって」
ユキがため息をつく。
「……わかった。トーガが付いて来て」
トーガの顔色が変わる。
「そりゃまずいって」
「一人じゃなければいいのよ。ほら行くわよ」
ユキが強引にトーガの腕をとってずかずか歩き出した。
三人が泊まったという部屋の前に来ると、ユキは扉をノックした。
「はい……」
低い声がして扉が開いた。70前後くらいの年配の男性が立っている。白髪の長い髪を後ろに一つ束ねている。
ユキが挨拶をして自己紹介をすると老人が深々と頭を下げて祈り始めた。
そして老人も名を名乗った。彼はマルタと言った。
「あの。こんなに早い時間からすみません。居てもたってもいられなくて。お孫さんは? キーラさんの具合はいかがですか?」
「ええ、初めから大したことはなかったのですが、昨晩は失礼をいたしまして。今朝はすっかり元気を取り戻しております」
「いいえ。こちらこそ夜遅くに、宿を移動させてすみませでした」
ユキが焦って謝ると老人は目尻を下げて部屋の中へと通してくれた。
部屋の深緑色のソファには、ウルートの港で会ったあの黄色い髪の少女が座っていた。
少女は立ち上がると笑顔を浮かべてお辞儀をした。
ユキも同様にお辞儀をすると、少女に声をかけた。
「具合はいいの? 昨日はごめんね。よく眠れたかしら?」
少女は明るくそれに答えた。
「とっても元気です。こんな素敵なお部屋に泊まれるなんて夢みたいで。早く目が覚めちゃいました」
ユキはそのキーラの元気そうな様子にホッと胸をなで下ろした。
ユキが部屋を見回す。
あの少年の姿が無い。
それに気づいたキーラが口を開いた。
「レオはまだ眠っています。あの子寝坊助だから」
そう言うとフフと笑った。
ユキも笑ってソファに腰かけると、マルタとキーラにも席を勧めた。




