手紙
ざらついた生成りの封筒を開くと、また同じ用紙が入っている。
紙は全部で3枚。2枚は、同じサイズの物で便箋だ。
もう1枚は手の平程の大きさで美しく均衡のとれた、するんと肌触りも良い少し厚めの紙だった。
各々が違う言語で文字が書かれている。
1枚目の便箋にはロベリア語でこの手紙の内容とメッセージが書かれている。
問題は2枚目の便箋と、3枚目の厚手の紙だった。
「私も初めて見る文字です。近隣諸国の文字の様には思えませんね」
2枚目の便箋を見て、従者は顔をしかめる。
そして3枚目の小さな厚手の紙の方を見る。
「これは……確かな事は言えません。それでも私の目にも……よく似ている文字に見えます」
これには自分も賛成だった。
地下の宝物庫から引っ張り出した書物と比べてみても、形が似ているし、同じような文字を見つける事も出来た。
深いため息が自然と口から洩れる。
「これはお前が持っていろよ」
「…………よろしいんですか?」
それに頷いて返すと、従者はその手紙を受け取り、深々とお辞儀をすると部屋から出て行った。
◇ ◇ ◇ ◇
厳しい教育係である大臣のダマクスの元、ユキはそのしごきに何とか耐え続け、一応のお妃合格点をもらう事に成功していた。
皇帝の住まう深碧の宮殿ではサン・サル教の司祭達を交えて、婚礼の場所や日取りを決める会議が連日行われていた。
「恐らく半年後の聖サルータの日あたりが、結婚式になるんじゃないでしょうか?」
サラナがご機嫌にユキに声をかけた。
「半年間もこんな事やるの!?」
ユキはため息混じりに答える。
ユキの居るこの暁の宮殿では、まだ日程も決まっていないのに、結婚式へ向けての準備が着々と進められていた。
今日のユキは大臣のダマクスが手配した結婚式の衣装係に何度も体に紐を当てられ、隅々までサイズを測られていたのだ。
その側に控えていた侍女のサラナと、さっきから結婚式について話をしていた。
「なんと言ってもこの国の皇太子様と月の女神様の結婚式ですよ? もう想像しただけでうっとりしちゃいます」
ロマンチストのサラナはここ最近興奮しっぱなしだ。
「みんなは勝手にそう呼んでいるけどさ。……私って本当はただの日本の大学生だからね? わかってる?」
「ああ! そういえばユキ様は学生さんだとおっしゃっていましたわね」
思い出したようにサラナが声を上げた。
――――そうなのだ。
私は至って普通の日本の大学生だ。
それがある日突然、自分のいた場所とは違う、別の世界に放り出されてしまった。
この世界にある、全ての言葉を理解できたからこそ、偶然リュックに入れていた『医療基礎学』という本を翻訳することになった。
この世界に無い知識を伝える女性―――――『月の女神』なんて人々には呼ばれるようになってしまったし……。
はあー
『女神』なんてガラじゃ無いんだけどな……
この本の翻訳を終えて、早く日本に帰ろうと思っていた。
だけど私は出会ってしまっていたのだ。
ずっと一緒にいたい、離れることのできない、唯一の人と。
まあ、……たまたまその人がこのサマルディア皇国の皇太子だったので、今こういう状況になっているのだけれど…………
「ユキ様。手が下がっております」
そう言われてユキはグイとまた両手を水平に上げる。
このサマルディア皇国の皇太子の結婚式である。国家的大プロジェクトであることは間違いない。
そんな事はユキだって百も承知だ。
それでも一つ一つ、細かくスケジュールを突きつけられているとウンザリとしてしまうのである。