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王太子殿下だと思っていた時期がありました。

 王太子殿下、そう呼ばれている。

 だけどそれは誤りだ。

 私は国王と王妃の間に生を受けた。

 しかしその時には両親ともに歳を召しており、私の下は望めなかった。

 だから私は王太子殿下となった。


 女であるにも関わらず、だ。


 そう、本来ならば王女殿下として生きるはずだった私。

 しかし国民の喜びを不安に変えてはならないと、王太子殿下御誕生として発表された。

 この事実を知っているのは一部の人間のみ。

 そんなおり、引き合わされたのがジャファリアル公爵家のマリアーナだ。

 金色のふわふわとした長い髪に、白くて柔らかな肌。

 翡翠の瞳は本当に宝石のように美しかった。

 理想の女の子、そのものだった。

 5歳でその完成された美しさなのだ、成長すればこの国の宝石と言われるまでに美しくなるのは、同じく5歳の私でも察せられた。

 一目惚れだった。

 彼女が婚約者で良かったと歓喜した。

 なんの障害もなく彼女を自分のものにできるのだと喜んだ。


 公爵令嬢だと言われている私は実は公爵子息である。


 そう言われたのは8歳の時だ。

 最初何を言っているのかわからなかった。

 だって目の前には天使のように美しくて可愛らしいマリアーナ。

 それが男だなんて信じられるわけがない。

 だってこんなに可愛いのに。


 確認のためにと差し出した手をあろうことかドレスの中に差し入れられ、そして触らされたのは男性の象徴だった。

 君と同じものがってないわ!!

 思わず突っ込みそうになったのを今でも覚えている。

 一瞬自分も女だとバラそうかと思ったけれど、それは叶わなかった。

 彼女は男に戻りたがっていた。

 たしかに男の身でいつまでも女として生きることはできないだろう。

 そして彼女には男に戻るための逃げ道すら確保されているのだ、戻りたがらないわけがない。


 一方私は女に戻ることはできない。

 逃げ道すら用意されていない。

 その時、私は王族と言う名の重たい鎖を見てしまった。

 見てしまったら後には戻れない。

 享受するしかない。

 こうして私は女だと言う事実を隠したまま、マリアーナが男に戻る手助けをすることとなる。


 ちなみにその後、父上と母上からマリアーナの秘密について知らされるが、知ってますとも言えずに曖昧な態度を取ってしまった。

 しかも女でありながら男として生きる私で王族が途絶えぬようにと、婚約者にする予定のマリアーナを男でありながら女として育てさせていると聞いて血の気が引いた。

 好きな人を不幸に追い込んだ原因は自分だったのだ。

 それでもやはり、公爵夫婦も人の子であり、人の親だった。

 苦肉の策ではあったが、マリアーナがいつでも男に戻れるように、居もしない病弱で籠りがちな双子の男の子と言う存在を作ったらしい。

 これもまた、知っているのは極一部の人間のみだ。

 当の本人は知らされていないけど。


 そんなわけで好きなのに好きだと伝えられず、なんなら同性の友人だと思われている私としては色々なことに不満がある。

 例えばあの男爵令嬢であるラティナは可愛いと言ってもらえるのに、私は言ってもらえないこととか!

 最近ではあのラティナのことをティティって呼んでることとか!

 ラティナ以外の女の子を侍らせていることとか!


「むきー!マリのばかぁ!」


 ぼすん!

 投げたクッションが壁に当たってほんの少し跳ね返るだけでそのまま落ちた。

 それを控えていた侍女がやれやれ、といった様子で拾いに行く。

 ぜぇ、はぁ、と肩で荒く息をしながら歯をくいしばる。

 分かってる。

 彼女は確かに中身は男だけど、令嬢として生きているのだ。

 取り巻き……友人を作らなければならないのだし、あの男爵令嬢を私に近づけようと思うなら囲い込まなければいけない。

 だけど最初と話が違うじゃないか!

 私とラティナが仲良くして、マリはラティナと敵対するって言ってたじゃないか!

 なんで!


「あの、アルデリオ殿下、むしろ好都合では?」


 いつの間にか声に出していたらしい。

 クッションの形を整えている侍女が口を開いた。

 好都合?

 私が首を捻ると、彼女はえぇ、と頷いてみせる。

 彼女もまた、私やマリの事情を知る一人で、そして私のマリへの想いを知る人間だ。


「これを機にラティナ様とマリアーナ様と仲良くなられて、ラティナ様に友人の一人と認識させてしまえばよろしいかと」


 そんなのどうやって……

 思い悩みそうになって、そこではたと気がつく。

 ラティナの目を、私とマリから外させればいいのではないか?

 幸いあの学院には名高い貴族の子息が集まっている。

 上手く彼らとラティナがくっつけば、マリも私とラティナが恋に落ちるなんてなんの生産性もないことは諦めるだろう。

 そうすればマリは私に嫁がざるを得ない。

 正直自分の恋慕でマリを縛るのは心苦しいが、そこはどうとでもしてみせる。

 そうとなれば……!



 ++++++  ++++++  ++++++



「私たちもご一緒してよろしいでしょうか?

 マリアーナ嬢、ラティナ嬢」


 私の目の前にいる無骨な青年が折り目正しく礼を取った後に尋ねた。

 この学院の二学年に在籍する騎士団長の子息、グリゴリオだ。

 無骨ながらも爽やかで、誠実さを感じさせる見た目が女子生徒に人気なのはもちろん、面倒見の良い性格が男子生徒にも慕われている。

 しかも剣の腕は三学年の中でもトップの腕前だ。

 その辺りも尊敬を集める理由だろう。


 ラティナがマリの顔を伺い、頷きを見て取ると微笑んで「ぜひ」と答えた。

 ふむ、どうやら少しはまともな所作になってきたらしい。

 貴族同士でのやり取りというのは実に面倒だ。

 例えば一対一であれば、目下の者から挨拶をし、目上の者が挨拶をしたあとで目上の者から声を掛けるのが礼儀。

 ラティナとマリで例えれば、ラティナが挨拶をして、マリが挨拶をする。

 マリの不興さえ買わなければそのままマリが近況を聞いたり、流行の話を振ったりと会話を始める。


 しかし例えば同等であったり、少し砕けた場や砕けた付き合いをしている場合はその限りではない。

 あくまでも公式では、の話である。

 こういった学院内の食事などであれば結構庶民同様の付き合いをしていたりもするし。

 もっとも噂に聞いたユリアス嬢に関しては相手が悪い。

 遠いとは言え王族の親族に連なるマリにあんな接し方をしては、いくら学院内、いくら学生と言えども、あれだけで済んだだけでマシなのだ。


 さて、そしてこういった複数での場合。

 この場合は会話の主導権を握るのはマリと私。

 ただし「一緒に食事をしませんか?」「いいですよ」、と言った細々としたやり取りは目下であるグリゴリオとラティナの役目だ。

 恐らくマリやその周りの子女に仕込まれたのだろう。

 マリの周囲を固めているのは古くからある名家の子女ばかり。

 中には私の側妃候補と言われている子たちもいるようだし、その辺りは厳しいはずだ。


 さすがマリだなぁ、抜かりない。

 想い人を内心で褒め称えながら二人と対面するようにグリゴリオと腰を下ろす。

 池のそばにある大木の下は、とても静かで、そして爽やかな涼しさがある。

 中々いい場所だと感心していれば、グリゴリオが私の分も食事の支度を始めた。

 ちなみにグリゴリオの父親は私のことを知っているが、グリゴリオは知らない。

 その立場柄、私と長くいることになるグリゴリオが万一私に懸想でもしてはならないから、というグリゴリオの父親の配慮でもあった。

 しかもグリゴリオにはまだ婚約者が居ないし、当然と言えば当然か。


「アルデリオ殿下、グリゴリオ様、ご存知のようですが改めてご紹介致しますわ。

 こちら私の友人のラティナ・フリハラール嬢ですわ」


 完璧な微笑みだった。

 まるで天使か女神かとでも言うような……いや、天使や女神もかくやと言うような笑み。

 さすが私の理想の女性マリだ。

 うっとりと見つめているうちに粗方自己紹介が終わっていたらしい。

 全員食事に手をつけ始めていた。

 私も食べないと。


「わ、私がこの場に居てよろしいのでしょうか……」


 ラティナが困惑したようにマリに囁いた。

 それもそうだ。

 だって王太子殿下である私に、騎士団長の子息であるグリゴリオ、そして公爵令嬢のマリ。

 そこに混ざった男爵令嬢のラティナ。

 気後れするなと言う方が無理があるのは誰の目にも明らかだ。

 しかしその問いにもマリは笑って答える。


「あら、ティティ、あなた殿方二人の中に私を一人きりにするつもり?

 私、そんなはしたないことしたくはないわ」


「す、すみませんマリアーナ様、失言でした」


 しゅん、と萎れるラティナ。

 それを見てくすくすと笑うマリ。

 なんだこの姉妹みたいなやり取り!

 羨ましいけど眺めていたいこの感じ!

 いいなぁ、と思いながら蚊帳の外な気持ちが居心地悪くて思わずグリゴリオを見る。

 すると彼は彼でぼんやりとマリを見ていた。

 ……ん?


「グリゴリオ?」


 私の呼びかけに冷水をかけられたかのようにハッとするグリゴリオ。

 顔を青ざめさせながらぶんぶんと首を横に振った。

 この反応……


「ち、違うのです殿下、あの、さすが殿下の御婚約者とあって、その、マリアーナ嬢は麗しく、その、女性の鏡のような方だと」


 顔真っ赤なんですけど。

 きゃっきゃうふふと姉妹よろしく仲よさそうな二人は気付いていないけど、グリゴリオの挙動不審はさすがに目に余る。

 いや、分からないでもないんだ。

 確かにマリは私の理想だけあって、昔と変わらず――否、昔以上に女性らしく、そして美しく成長した。

 身分違いと私の婚約者との理由で諦める者も多いが、彼女に想いを寄せる男子生徒はかなり多い。

 ……まぁ、彼女は本当は男だから、叶わぬ恋なんだけどね。


「あー、まぁ、」


「分かりますわ、グリゴリオ様!」


 ボソボソと言葉を発する私の声は聞こえなかったのだろう。

 ラティナが目を輝かせて身を乗り出した。

 これには全員驚く。

 だって彼女はこの中で一番身分が低いのだ。

 謙虚であるはずの彼女が身を乗り出したことに唖然とした。

 マリだけは、その様子にすぐに微笑ましいものでも見るような顔をするけど。

 ……むぅ、やっぱりずるい。


「マリアーナ様ほど美しく、優しく、素敵な女性はどこにもおりませんわ!

 本当に、グリゴリオ様のおっしゃる通り、女性の鏡のような方で……」


「あぁうん、マリは幼い頃から可愛かったしね」


「まぁ……!

 幼い頃から!?マリアーナ様の幼い頃……あぁ、きっとふにふにの二の腕にもちもちの太もも……はふ」


 ラティナの言葉に思わず昔の記憶を掘り返した。

 どっちかって言うと二の腕はふわふわだった。

 太ももがもちもちだったかは残念ながら触ったことがないから分からないけれど。


「 は、破廉恥なことをお、仰らないでください!」


 いきなり上がった怒声に思わずグリゴリオを見上げる。

 いつの間に立ち上がったのか知らないが、その顔は耳まで真っ赤だ。

 え?破廉恥?

 いや、確かに言い方はアレだった気もしないでもないけれど。

 ぱちくりと目を瞬かせる。

 ごほん、と咳払いが聞こえてきたと思えば、マリが恥ずかしそうに目を伏せていた。


「ティティ、殿方の前で……その、体の感触を口にするのは」


「……し、失礼しました」


 顔を真っ赤にして小さくなるラティナ。

 それに思わず私も小さくなる。

 ちらり、とマリを見るとその目が「おふざけも大概に」と怒っていた。

 うぅ……こんなはずじゃなかったのに。

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