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ご令嬢の非礼とご子息のご乱心

 ラティナはとても性格がいい。

 と言うか、性格が悪く見ようがない。

 どこまでも天然で真っ直ぐで、そして心優しい。

 その様子に王国主要人物の子息である攻略キャラ達は惹かれて止まないのだ。


 そしてマリアーナ、私は内から見れば心優しいが、外から見れば苛烈な令嬢と言う設定だ。

 だから王太子殿下の友情ルートではラティナに対して貴族の掟を教え、諫めることはあっても敵対することはない。

 なんなら無知ゆえに失態を見せるラティナを積極的に庇うほどだ。

 しかし恋愛ルートではその性格が災いしてしまう。

 婚約者である王太子殿下に不用意に近づくだけでなく、男爵令嬢と王族子息という身分差も弁えないラティナに烈火のごとく怒りを露わにする。


 そして王家や公爵家が庇いきれないと判断を下し、反省を促すために王都から追放とする。

 ちなみにほんとの最悪の最悪のルートに入るとマリアーナは死罪、それに罪悪感を抱いた王太子殿下は生涯独身を貫き、ラティナは隠居した男爵と共に田舎に引っ込むことになる。

 誰も救われないにもほどがある。


 と、頭の中で一通り思い出しながら目の前に意識を戻す。

 あの日から3日経った今日。

 目の前にはランチボックスを持ったラティナが子犬のように私を見上げていた。

 男ながら当然、私の背は一般女子より少し高い。

 ……少し高いだけって言うのがまた男のプライドが傷つくと言うべきか、女として生きているからには喜ぶべきなのか。

 いや、王太子殿下も同じくらいだから。

 嘆くな私。


「マリアーナ様!ぜひ、ランチをご一緒させてくださいませ!」


 懐かれてしまったようで、ここ連日こんな調子だ。

 ……ここが学院だからいいものの、外だと礼儀知らずで笑われるどころか付け込まれるぞ。

 まぁいいか、この子は攻略キャラはもちろんだけど、私を含めてライバルキャラである子女達と仲がいいことで、なんとか学院での居場所を確保できるほどに危うい存在だ。

 今まで庶民として育てられてきたラティナはその異質さゆえに、学院にあまり馴染めないのだ。


「そうですわね、でしたら――」


「お待ちになってくださいマリアーナ様」


 振り向いた先に居たのは三年生の子女達だ。

 私に声を掛けたのは確かディミドリア伯爵家の令嬢であるユリアス。

 海に面した領地を任されている伯爵家であり、その外交手腕と政治手腕で莫大な財を築いている。

 貴族の中でもうちほどではないが発言力のある家だ。

 とは言っても、伯爵家令嬢が公爵家令嬢の言葉を遮っていい理由など、どこにもないのだけど。


「マリアーナ様、あなたは公爵家ご令嬢。

 付き合う方はやはり相応の身分と礼儀ある者にすべきですわ」


 ちらり、とユリアスがラティナを見て嘲笑う。

 この3日で彼女に子女らしい所作が身についていないことは早くも噂になっている。

 そして私に近づいていることも。

 分かっていて、私はあえて放っておいた。

 ゲームのラティナはこのイベントを契機に、より子女らしい所作と作法を身につけるために邁進することになるからだ。


 ラティナを見れば思うところがあるのか、藤で編んだランチボックスをその手が白くなるほど握り込んでいる。

 伏せた顔から読み取れるのは羞恥か、罪悪感か、それとも。

 ふぅ、と溜息をついた。


「ラティナ、今日のランチは昨日と違うところにしましょうか」


 私の言葉にラティナはぽかん、と見上げてきた。

 ユリアスやその取り巻き、そして周りで事の次第を見守っていた生徒達もだ。

 まったく、この場にいる全員が全員貴族の子女子息だろうに。

 なぜ()()()()()()()を誰も諌めないのか不思議でならない。

 呆れた表情でユリアスを見遣る。


「マリアーナ様!?私は」


「とても、不愉快だわ」


 意識して冷たい視線を投げつける。

 それにユリアスはびくりと体を震わせた。

 取り巻き達は手を取り合って怯えているし、周りの者達も固唾を飲んで見守っていた。

 まったく、不愉快だ。

 なぜ男である私の方が子女の礼儀が分かっているのか。


「あなたは私に挨拶もなく、一方的に呼び止め、私の言葉を遮り、あまつさえ私にお説教?

 それがディミドリア伯爵家の礼儀なのかしら?」


「あ……」


 後ろでラティナが口を押さえた。

 多分その後に「そう言えば」と続けようとしたのだろう。

 口を噤んだ懸命さは褒めるべきだ。

 あと多分、自分も同じことをしたと振り返って反省でもしているのだろう。

 顔色が少し悪い。


「第一ラティナの非礼は彼女の出自を考えれば許容の範囲内ですわ。

 それを広い心で受け止め、許し、そして教え導いて差し上げてこそ淑女じゃありませんこと?

 わざわざこんな衆目に触れる場所で嘲笑うような方とはお食事できませんわ、私」


 ユリアスの顔が真っ赤に染まり、そしてワナワナと震える。

 ざまぁみろ!

 前世の私が内心で喚いた。

 ディミドリア伯爵は非常に礼儀正しく、好印象が持てるのだが、その娘のユリアスは鼻持ちならない少女で前々から気に食わなかったのだ。

 たかが伯爵令嬢が私の友人気取りでお茶会であることないこと言っていたのは、もう随分前から知っていた。

 彼女のセンスのないお茶会には参加したくなかったし、何より関わっても家同士がどうので面倒だから放っておいただけで、学院内で直接となればその限りではない。


 最後に彼女を一瞥して、ラティナを連れ立ってその場を去る。

 あぁいった露払いをしてくれる人間を確保すべきかもしれない。

 そんなことを考えながら。



 ++++++  ++++++  ++++++



「あの……マリアーナ様、私のせいで今までお恥ずかしい思いなど、されていませんか……?」


 しゅん、と萎びた様子でラティナが聞いてきた。

 やっと喋ったと思ったらそれかと呆れ半分、可愛さ半分。

 もそもそと持ってきていたサンドウィッチを食べる顔が難しい表情をしていたから、何を考えているのかと思えば。

 思わずラティナの可愛らしい額を軽く指で弾いた。

 ひぇ、と奇妙な声を発してからラティナはその額を抑える。

 ひぇって。


「バカなラティナ、そんなことを考える暇があるのなら、早く一人前のレディになりなさいな。

 あ、でも私と二人の時はそのままのあなたで居てちょうだいね、あなたったら見ていて飽きないのだもの」


「ま、マリアーナさまぁ」


 情けない顔のラティナをくすくすと笑った。

 前世でもラティナは好きなキャラだった。

 押し付けがましい正義感もかざさず、ただ癒しを与えてくれるような、それでいて自分の芯は曲げない。

 そんな彼女が魅力的で、だからこそそのままの彼女と一緒に居られるのは不思議で、そして嬉しかった。

 浮かれていたのだろう。

 声を掛けられるまでその存在にまったく気づかなかった。


「婚約者殿は私よりもそちらの女性と共にいる方が楽しそうなご様子で」


 ムッとしたような聞きなれた声に思わず勢いよく振り返ってしまった。

 サラサラと風に遊ばれる黒い髪、不機嫌に歪められた整った顔立ち。

 少年の危うさを閉じ込めたような、それでいて少女のような美しさも感じさせるその人こそ、王太子殿下、アルデリオ様だ。

 すぐさま立ち上がって礼を取る。


「アルデリオ殿下におかれましては、ご健勝のご様子で何よりの――」


「マリ!ここは学院だ、王城ではない」


 鋭い声で咎められて思わず言葉を飲み込んだ。

 ちらりと見れば、ラティナはどうすればいいのか分からずオロオロとしている。

 思わず、本日二度目の溜息が出た。

 昔はもう少し可愛かったのに。


「アル、ラティナが居るの分かっていらっしゃる?」


「――……あぁ、彼女が例の」


 最近アルデリオ――アルは何故か私が子女達と仲良くしていると不機嫌になる。

 こっちとしては令嬢として生きているんだから、仲良くならざるを得ないというのに、どうしろと言うのか。

 アルはむむ、と難しい顔をして、それからラティナににっこりと笑った。

 天使。


「すまない、君がハリフラール男爵のご令嬢だね。

 私はアルデリオ・ハスブロークだ」


 アルがラティナに手を差し出す。

 握手を求めているのだ。

 それをラティナはアルの手を見て、顔を見て、そして今度は助けを求めるように私を見る。

 あぁ、どうすればいいのか分からないのか。

 こくりと頷いて握手を促せば、恐る恐るといった様子でその手を取った。

 せめて立って、ラティナ。


「も、申し遅れました、私ハリフラール男爵家が一人娘、ラティナと申します。

 アルデリオ殿下にお会いできまして、幸甚の極みでございます」


「そう硬くならないでくれ、マリの友人に挨拶がしたかっただけだ」


 ニコニコとアルが言うけれど、なんて無茶を言うのか。

 呆れを通り越して感心する。

 王太子殿下相手に硬くなるなとか拷問の一種か何かかな?

 案の定ラティナはパンクして目を回している。

 それに気づいたのか飽きたのか、アルは手を離すと私に向き直った。


「君がハリフラール男爵令嬢と仲良くなるとは思わなかったよ」


「……可愛らしいでしょう、彼女。

 側に置きたくなったの」


 いけませんか?

 目で問えば、アルは物凄く嫌そうな顔をした。

 ……なんて顔をするんだ王太子殿下。

 そんなのだから教育係達が頭を悩ませるんだと言ってやりたい。

 言えば不機嫌になるの分かっているから言わないけど。


「私も可愛いぞ」


「あなた男性としての尊厳はないのですか」


 何に張り合ってんだ、と言う意味を込めて問うと彼はむぐぐ、と黙り込む。

 大丈夫か?

 まるで毛を逆立てた猫みたいなアル。

 とても王太子殿下の振る舞いではないっていうか、普通に貴族の振る舞いとしてどうかと思う。


「ラティナ!」


「は、はいっ」


 なぜかラティナを鋭く呼びつける王太子殿下。

 やめなさい、ラティナが怯えているだろ。

 しかしそんなことには構わずアルはキッとラティナを睨みつけた。


「マリの一番は私だからな!」


 吐き捨てるように言ってアルは走り去ってしまう。

 思わずそれを見守る私とラティナ。

 誰と何を戦っているつもりなんだろう、アルは。

 呆然とアルが走り去った方向を眺めている私にラティナがおずおずと声を掛けてきた。


「た、楽しい方です……ね?」

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