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公爵令嬢だと思っていた時期がありました。

 とんでもない出オチを言おう。

 ――訂正、告白しよう。


 公爵令嬢だと言われている私は実は公爵子息である。


 ……あぁ、異物を見るような、汚物を見るような視線を感じてしまう。

 だからと言って可哀想なものを見る目に切り替えるんじゃあない。

 確かに何を言っているか分からないだろう。

 自分でも何を言っているんだ君はという気分だ。

 だけどこれは事実なんだ。


 待て待て待て!

 別に魔物に洗脳されてるとかじゃあないから!

 え?話し方が違う?

 これにも深い訳がありまして。

 でもそれよりもまず、私が男であることを信じてほしい。

 証拠があるのか……ふぅむ、そう来たか。

 ……仕方ないか。

 分かった、手を借りてもいいかい?


 ……、うん、ごめん。

 でも残念ながらこれが真実なんだ。

 君と同じもの、あるだろう?

 え?

 僕の初恋をどうしてくれるのかって?


 ノーカンにしとけ。


 あぁ、それがお互いのためだ、間違っても新しい扉を開けてはならない。

 そんなことをしたら腐った……ごほん、特殊な方々が困惑してしまう。

 絶対に避けるべきだ。

 あと私にはそんな趣味はないし、今後も新しい扉を開く予定はないのでそこのところよろしく。


 さて、賢い君ならもう分かっているかもしれないけど、私はこのまま生きることができない。

 そうだ、本当に嫁いでしまうと子ができないことを怪しまれるだろう。

 というか何より子作りできないし。

 いや、何よりも、だ。

 これから成長していけば声も変わる、顔も変わる、体も変わる。

 その中で世界を騙し続けるのは、無理だ。

 どうするのかって?


 鍵は王太子殿下と、隠された男爵令嬢だ。


 この二人が恋に落ちることで、私は良くて追放、悪くて死刑。

 ……いやいやいや、待ってくれ、ちょっと話を聞いてくれるかな?

 どうどう、どうどう。

 とにかくだ、そうなれば()()()()は世間的に死ぬことになる。

 けれど、居もしない()()()()はどうなる?

 ん?

 あぁごめん、そう、病弱でこもりきりの双子の弟なんて居ないよ。

 君だって薄々気づいていたろ?これに関しては。


 とにかく、公爵令嬢さえこの世から消してしまえば、公爵令息として生きられる。

 ……なるほど、それを企む公爵子息が、姉を亡き者にしようとしているのではないか、か。

 それもそれで物語としてありなのかもしれない。

 けど、残念。

 本当に居ないんだよ。

 本物の公爵令嬢も、本物の公爵子息も。

 二人で一つと言うべきか、嘘と本当を混ぜこぜにして私がいる。


 なぜ君に話したかって?

 そんなの決まっているだろ、君が友達だからだ。

 だから頼んだよ、鍵が揃うその日まで。


 二人で公爵令嬢を悪役公爵令嬢たらしめ、そして悪役公爵令嬢を表舞台から引きずり下ろすんだ。



 ++++++  ++++++  ++++++



 そんな約束をしたのはいつの日だったか。

 晴れて貴族の子供達が通う学院に入学することとなった。

 話題に上がるのは王太子殿下、ジャファリアル公爵家令嬢、そしてハリフラール男爵家令嬢の三人だ。

 なんせ三人が三人、全員同級生で入学してきたのだ。

 話題に上るのも仕方ない。


 さてさて、まずはこの世界について軽く説明しよう。

 ここは現代日本――って言っても私が知っている日本がどの時点にあるのか分からないけれど――とにかく、私が生きて居た頃の日本で有名な乙女ゲームが舞台になっている。

 ……ぶっちゃけて言えばゲームの世界だ。

 ありふれた乙女ゲームよろしく、何人かの攻略対象が居て、それを会話や贈り物やデートやらで好感度を調整しつつクリアしていくものだ。


 ちなみに私が唯一恋愛ルートも友情ルートもバットエンドもクリアしたのは話題の一人、王太子殿下のみだったりする。

 その王太子殿下は私と同じ16歳。

 この国の未来を背負って立つ第一王位継承者だ。

 黒い髪と黒い瞳ながらも爽やかな顔立ちと、すらりとした肢体は本当に美少年だ。

 って言うか髪さえ伸ばせば美少女でもいけるはず。

 そんな彼は上にも下にも兄弟が居ないことから、冗談でも比喩でもなく、本気で周りからの期待を過度に込められている存在だ。


 そして男爵令嬢。

 彼女はながらくハリフラール男爵によってその存在を秘匿され続けていた。

 なんでも屋敷のメイドに手を出したとかで、それで産まれたのが男爵家令嬢らしい。

 しかし奥様がかなり嫉妬深い方らしく、例え側に居ることができなくても、母子ともども危険に晒されるくらいならと、二人を屋敷から逃がしたらしい。

 それが2年前に奥様がお亡くなりになったことと、お二人の間にお子が居ないことから、ようやく男爵家に迎え入れられたとか。

 ……もっとも、その時にはすでに時遅し、令嬢の母親は無理をしすぎたことが祟って、奥様と同じところに先に向かわれてしまったと聞いた。


 さて、最後に私について。

 冒頭の話題の最後の一人であるジャファリアル公爵家令嬢が私だ。

 そして転生前の記憶を持っている。

 ……別に熱心な仏教徒だった訳では決してない。

 それでも輪廻転生の輪の中に組み込まれ、さらには記憶すらも引き継いでしまっている。

 もっとも思い出したのは幼い頃に乗馬中落馬した衝撃だったけど。

 馬は悪くない、私が運動神経壊滅的なだけだ。


 ちなみに前世ではちょっと名の知れたオタクだった。

 もちろんハンドルネームの方が、だけど。

 一次創作、二次創作、ゲーム実況、コスプレはやるより見る派な、よくいる手広いオタクとして活動していた。

 からかいで才能の残念な使い方とか言われたこともあったようななかったような。

 何でもかんでも手広くやってたのは主に姉のせいだ。

 この姉が余計なもの……訂正、才能溢れる作品を勧めてくるせいで色んな界隈に顔を出すことになっていた。

 この乙女ゲームもその一つ。

 前世も男だったから流石に抵抗はあったけど、メインキャラクターの全ルートクリアプラスで各キャラクターも恋愛ルートはクリアしていた。

 だって面白かったんだもの。


 姉の友人に男が乙女ゲームするのってどんな気分なの?と複雑な顔で聞かれた際には、小説読んでる気分とだけ伝えておいた。

 断じて腐った思考からとかではないです。

 そもそもこのゲーム、乙女ゲームとは名ばかりのカップリングゲームとも呼ばれているし。

 私のやってた携帯ゲーム機の方は容量の問題で恋愛ルート、友情ルート、ハーレムルートと簡単なミニゲーム。

 この友情ルートを選択すると、攻略キャラはプレイヤーと友情を築き、そして恋愛ルートでライバルとして出てきたキャラと結ばれる。

 そしてやらかしてくれているのが家庭用ゲーム機の方のソフト。

 こちらは恋愛ルートと友情ルートのみの構成で、ハーレムルートはなし。

 これだけならつまらないが、全キャラを攻略すると、なんと男女の組み合わせであればどのキャラ同士を結んでもOK。

 もっと簡単に言えば、自分の好きなカップリングの公式シナリオが読める。


 ……まぁ、これに食いつかないオタクは居ないよね、良くも悪くも。

 公式が正解を出さないなんて!と批判する側と、よくぞやってくれた!と褒め称える側と、そもそも乙女ゲームにこんなシステム要らない!とまたも批判する側で見事に三つ巴。

 それを製作陣は「ユーザーの数だけ答えがあります。よって我々は2の制作ではもっと踏み入ったシナリオを作ります」と煽った。

 薔薇か百合か、いやいやあの製作なら絶対両方だ。

 色々憶測が飛び交う中で、前世の私は交通事故により死亡。

 主人公の性別は固定ではなく、女性キャラクターの攻略も可能派を支持していた私としては、何とも情けないタイミングでの死だった。


 そうして公爵子息として産声上げたはずが、なぜか双子の姉として育てられ、そしているはずの姉(弟)はどこにも存在していなかった。

 ゲームでは病弱でこもりきりな設定故に出現頻度は極端に低い。

 まずメインキャラクターである王太子殿下との友情ルートを選択。

 そして1年次の夏休みまでに好感度3以上5以下、さらには公爵令嬢の好感度も3以上5以下となっていなければならない。

 そして公爵令嬢の「――さんは夏休みのご予定、もう決まっていらっしゃるのかしら?」という問いにいいえと答える。

 そうすると公爵令嬢の屋敷に招かれ、そして弟さんにもご挨拶したいを選択することで、ようやく最初の出現を果たすのだ。


 ……だいぶめんどくさい、これ実は。

 このゲーム、好感度調整が難しいことで有名で、二人同時に調整というのがかなり苦労するのだ。

 おかげさまで中々全シナリオ回収とならない。

 シナリオ自体はそりゃゲーム実況とかで見れたりするけどね。

 それでも絶対に解放されたことのないシナリオ、というものが存在する。

 2の発売間近になっても解放されたことのないシナリオ、それはこの公爵子息恋愛ルート、だ。

 いわゆる隠れ攻略キャラになっていて、普通にプレイしてもただの公爵令嬢の弟としか出てこない。

 ヒントは一切無く、開発によるとそのルートに入る時に王国の秘密を知ることになる、とか。


 ……まぁ、ゲームでそれだけご大層だとしても、居ないんじゃ仕方ないけど。

 ふ、と溜息をついて伸びをした。

 すると背中にとん、と軽い衝撃を感じて振り向く。

 放課後の学院。

 夕暮れ時に差し掛かろうかと言う曖昧な時間。

 さわさわと風が木々を揺らす音が耳を満たす中で、その声はまるで小鳥か鈴のような可愛らしさを感じた。


「も、申し訳ありません……!」


 ふわり、と柔らかなライトブラウンの髪が風に遊ばれている。

 貴族の子女には珍しく、肩までの長さで切り揃えられた髪は柔らかなウェーブを描いていた。

 オレンジのまぁるい瞳がうるうると私を見上げている。

 ……で、出会ってしまったよ、まさかの王太子殿下友情ルートで。


「いえ、お気になさらないで……」


「失礼致しました!

 わ、私、ハリフラール男爵家が一人娘、ラティナと申します」


 私が名前を言い淀んでいれば、男爵令嬢――ラティナはそれはそれはぎこちない所作で子女の礼を取る。

 服の裾を柔らかく摘み、左足を引き、ゆっくりと腰を下ろしながら目を伏せる。

 そして体を起こして足を整え、服の裾から手を離す。

 全てを等間隔のリズムで行えるのが美しい所作なのだが、ラティナはそれができていない。

 と言うか順番が恐らくあやふやなのだろう、なんだかわたわたして見える。


 あー……確かここで私がそれを指摘して、助言することで友情ルートが始まるんだっけ。

 どうしよう、それは困る。

 私の計画としては彼女には王太子殿下との恋愛ルートに入ってもらって、私を悪役令嬢にしてもらわないといけない。

 でないと私が追放にならない……いや、待てよ?


 ここはゲームの世界じゃ無くて、現実の世界。

 選択肢は無限にある。

 例え友情ルートから入ったとしても、それはそれで別に恋愛に繋げてしまえばいい。

 よし、その案採用。


 この間僅か一瞬。


「あら、あなたがハリフラール男爵のご令嬢でしたの?

 私はジャファリアル公爵が娘、マリアーナ」


 にっこりと微笑みかける。

 ラティナはほう、と蕩けた顔をした方思えば一瞬でハッとした顔になり、顔を青くさせる。

 恐らく自分が何をしたか理解したのだろう。

 男爵令嬢が公爵令嬢にぶつかるなんて、不興を買ってしまえば一族郎党どうなることか、と。

 だけど私はまた安心させるように微笑んだ。


「あなたの所作、なってなくてよ。

 僭越ながらこの私が教えて差し上げますから、少し練習していきなさいな」

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