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初心者同士は何かと不自由なもの

 苺のアイス――じゃなかった、メニュー通り正確に言うとバニラアイスと苺のソルベ、である。透にはジェラートとソルベとアイスの違いがいまいちよくわかっていない――をつつきながら静華が言うことに、ぱっと返答を思いつけない。


 ギリギリまだ企業戦士な男は、営業スマイルを貼り付けたまま、ん? と思いっきり首をかしげる。


「打ち合わせ……?」

「うん。君の希望と私の希望のすりあわせ。何事も最初は需要と供給のマッチングからはかるものだろう?」

「ええと……」


 一瞬、自分は転職活動の面接に来たんだっけな? と錯覚しそうになる。確かに永久就職希望ということなら大差ないかもしれない。


 いや、たぶん全然違う。しっかりするのだ、橋田透二十五歳。


 今自分が着ているのは就活のリクルートスーツではなくモノトーンカジュアル装備、場所は社内ではなくオシャンティでエレガントでラグジュアリーなホテルのレストランだ。


 アウェイと言う点では大差ないどころか完全に一致するな。いやだから違うって。


 彼が困惑を示し、ついでにちょっぴり妄想に浸りながら、桜と抹茶のケーキをフォークに刺しておろおろしているのを見ると、静華はフォローすべくといったところだろうか、さらに言葉を付け足していく。


「お互いに期待すること、逆にこれはしてほしくないって事を先に言ってしまった方が、今後関係を進めていくのが楽になるかなって。たとえば今、私は透君といけるところまでいっていいと思ってるけど、君が求める我々のゴール関係があくまで友達関係でいたいってことなら、そう考えてお付き合いしよう、って感じかな? うん、そうだな。まずは君の求める目標が知りたい」

「い、いけるところまで……」


 ごくり、と透は喉を鳴らした。


 直後、ぶんぶん首を振り、慌ててケーキを口の中に放り込む。


 ふんわり抹茶スポンジと桜のクリームが淡く優しく絡んで舌の上で溶けていくが、残念ながら異なる甘さのハーモニーを楽しんでいるどころではない。


「じゃ、引き続き私の事を言ってしまおうかな。こちらの初歩的な希望は、寂しくなったときにいつでもメッセージを送っていい相手、私の愚痴を話せる相手」


 脳は静華の言葉の解釈でフル稼働中、糖分を吸い取ってキリキリ働こうと発熱している。


 相変わらず、間違いなく季節のロールケーキは美味しいはずだが、静華の言葉を理解しようとしている内に、いまいち脳が真面目に味を認識してくれない状態が続く。


「そこに家事能力がついて、家のことを任せていいならもう言うことはないけど、透君はまだ家事能力はあまりないらしいし、応相談かな。今すぐに完璧は求めようとは思わないけど、やっぱり将来的、長期的なプランで見ると、任せていきたい部分もあるんだ。だから、精神面を完全に満たしてあげるから一生ヒモにさせてください、って条件の希望で来られると、ちょっと許容できるか自信がなくなる。尊敬・信頼がなくなったら一緒に暮らせないと思うからね」


 すらすらすらっと立て板に水を流すがごとく。よくもまあ間にアイスとソルベを上品に口の中に放り込みながら、これだけの事を言えるものだ。


 ひたすら感心して恐れ入っている透に、静華は続ける。


「働くのは私一人でもがっつり稼げるように努力はするけど、今は前の仕事からフリーになって模索中、生活は安定しない部分もあるし、自分も将来のことを考えて働きたいって言うなら考慮するつもり、むしろ推奨するし応援する。逆に、自分が一家分働くから君は家を守ってくれ、って男とは絶対に合わないから、そうじゃないことを期待するよ。私からはその辺かな? 何か質問は?」


 間を持たせるために三つ目のケーキを口の中に放り込んでみるが、そのタイミングで話題を振られて飲み込むのに苦労した。


 静華は透がとんとん胸を叩いているのを見て、口元に持っていきかけたコーヒーを下ろしつつ眉を下げた。


「ちょっと急すぎたかな? とにかく、私はそういうスタンスのつもりなんだけど。すぐに思いつかないってことなら、これから考えてくれればいいから。この場で急いで考えなくても大丈夫」

「いえ、あの、げほっ。すみません……」

「いや、こっちも不慣れでごめん。一応男性と交際をしてみたこともあるんだけど、大体長続きしなくて。手続きがよくわかってない部分はあると思う」

「い、いやあ。自分も彼女できてもすぐにフラれるタイプなので……」


 ははは、と笑ったところで透は我に返った。ここでモテないアピールをしてどうする。


 だがそこはさすがの静華、今更透が少しぐらい失言したところで全く気にしていなかったようだ。


「じゃ、お互い初心者同士ってことで気楽にいけるね。色々一気に言ったけど、気軽にお話を聞いてくれる相手がほしい、まずは友達になってほしい、がスタートラインだから、透君はそこ、オッケー?」

「オッケーです――あ、いや、違。大丈夫です!」


 静華は笑ってコーヒーを飲んでいる。


 ロールケーキをようやく収め終わった透もミルクティーで同じ事をするが、温かいカフェインが体内にしみ通ると、少しだけ気分が落ち着いた。


 カップをソーサーに戻して深呼吸し、静華をじっと見る。


「あの……聞きたいこと、と言えば」

「うん、何?」

「その……正直、俺だと釣り合わないと、思うんですが」

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