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初デートファッションで既に胃痛です

 駅の改札手前の待ち合わせ場所、早めに――具体的に言うと三十分前に到着した透は、きょろきょろと辺りを見回す。


 少し時間ができたのだから近くに見えるカフェにでも入ってのんびり喉を潤しておけばいいのに、緊張しきりの透は立ち尽くしている。


 ちなみに鞄も新調した。レザートートとかいうらしい。ラフな肩掛け鞄かリュックかオフィス用の黒いビジネスバッグという、大体両極端な選択肢しか最初に存在していなかったため即戦力として加わったが、透からするとビジネスバッグやダサいと言われるエコバッグと何が違うのか理解に苦しむところである。


(本当に、これで大丈夫なのかなあ……?)


 海沿いのこの地区は、高層ビルの密集している地区からは少し離れた場所にあり、近くには海浜公園もあるせいか、ビジネスマンの歩き回る所よりはもうちょっと落ち着いた雰囲気を醸している。


 それでも透の実家のある、東京のど真ん中を少々離れたベッドタウンより明らかに洗練された地域であることに間違いなく、昼間からスーツを着た人間達や、いかにもファッショナブル自信派ですと言うすました顔をした人間達が、忙しそうに歩き回ったり、透と同様誰かを待ったりしている光景が目に入る。


(うっ、浮いている、気がする……!)


 スーツ姿なら、一応まがりなりにも副都心勤務だった透も及第点をもらえている自信があったのだが、私服だと本当にアウェイ感しかない。下手をするとダサい感の仲間入りをしていそうでもう帰りたい。


 その私服も完全にカリスマJK師匠(勝手にあだ名済)コーディネート、透本人はノータッチだから完全に借りてこられた猫というか服を着せられた子どもというか、とにかくぎくしゃくそわそわ落ち着きがない。


 ちなみにその透の本日の外見だが、紺色のテーラードジャケットに白のTシャツインナー、下は黒のスキニーパンツと黒の革靴と、全体的にモノトーンに寄せつつ大人っぽく仕上げている。


 確かにスマートエレガントという語感に合っているっぽさはあるが、ぶっちゃけ決めすぎで痛々しい感じもあって非常にいたたまれない。


 こんなに黒と白で固めた服、スーツならいざ知らず、私服で何故着なければならないのか。というかもうここまで来たらスーツでいいじゃん。


 そんな最初にぱっと持ってこられた服一式を見て素直な感想を抱いた透が、


「いやいやいや、何もわからない俺でもこれはヤバいことぐらいわかるって、なんかかっこつけすぎだって」


 とか言って一応抵抗を試みたわけだが、


「いつまで大学生コーデでいるつもりなの?」


 と師匠に一蹴されればぐうの音も出ない。


 彼女は初手に勢いのあるアッパーをぶちかまして弟子を黙らせた後、あの大して変わらない口調のまま言い聞かせた。


「いい、透お兄ちゃん。男の大人の人の私服はね、迷ったらモノトーンにするの。モノトーンオンリー、モノトーンプラスアルファ、基本の色のあわせ方はそれでなんとかなるから、それでカーディガンでも羽織っておけばそれっぽく見えるから。透お兄ちゃんはただでさえ童顔で頭の色が明るいんだが、いつも着てるような明るい色の柄物ばっか選んだら本当に学生にしか見えなくなっちゃう」


 と、こんこんと語られてうなずくしかなかった。


 何せファッション初心者なことも、油断すると社会人扱いしてもらえない童顔なことも、地毛が小学校中学校時代に多少問題視されたぐらい明るいことも、全部ただの事実だからである。ぐうの音も出ない。


「いやでもこれぶっちゃけいつものスーツとあんまり変わらな」

「何言ってるの? スーツにTシャツなんて合わせられると思ってるの?」

「だって形一緒じゃん、スーツと同じ形してるじゃんこの上着!」

「せめてジャケットって言ってくれる?」


 等々のやりとりを交わし合い、横で見守る店員の目を生温かくさせつつも、透がいくつか大人の階段を上ってできあがったのが本日のコーディネートである。



(あっちゃんに押し切られたけど、やっぱりこれ身の丈に合ってない気がするよー!)


 うつむいてあわあわ思っていた透だったが、ふと辺りにカッと地面のコンクリートを打つ小気味いいヒールの音が響き、何者かが目の前に立った気配を感じる。


「やあ、透君」

「こここ、こんにちは、百鬼ナギリさん!」


 聞き覚えのある凛とした声に慌てて顔を上げ、一瞬透は言葉を失った。


「待たせたかな?」

「――あ。いっ、いいえ! 自分も今来たところであります!」


 何故か敬礼を取ってしまう。静華はサングラスの向こうで微笑んだようだった。


 今日の彼女は出会った時と異なって髪を下ろしており、ふんわりと所々カールしている。出ている額がまぶしくも美しい。


 先ほども言った通り、なんだか芸能人がかけるようなサングラスをしているが、これがまた妙に堂に入って似合っている。


 服はワンピースなのか上下で別れているのか、ファッション初心者な透にはわかりにくい。とにかく、上はストライプ柄の襟付きシャツで、ベルトっぽいもので区分けされた下の部分は膝下までしゅっと広がる黒いスカートだった。


 小さなベージュ色のバックを手に引っかけ、颯爽と現れた静華は透の事をさっと上から下まで眺める。


「あの……」

「よく似合ってる。色合いも結構気が合ったね、私たち」

「へっ!? あっ、ありがとうございます! ななな、百鬼さんもかっこいいです……!」

「そうかな? ありがとう」


 さらりと褒めるし、褒められてもさらりと受け流す静華である。


 まこと、年上のできる女っぽさが現れている。なんで泥酔した透を気に入ったのか訳がわからない。


「もしかして誰かに選んでもらったの?」

「え? あの、えっと、従妹に……」


 じっと静華に見つめられて緊張しっぱなしだった透は、聞かれるとうっかりあっさり真実をバラした。


 あっと思って口を押さえるが、静華は気分を害した風はなく、むしろおもしろそうに声を上げて笑っている。


「君は本当に素直な男だなあ」

「すみません……」

「褒めてるんだよ? さ、食べに行こうか」


 言いたいことを言い、聞きたいことを聞いて満足したのか。静華はくるりときびすを返し、先に歩き出す。


 透は慌ててその後を追った。鼻先で静華の髪が揺れると、ふわりととてもいい花のような香りがした。

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