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従妹は不器用に親切です

 コロッケを揚げ終わったアキラは、透には見えない速さの包丁さばきであっという間にキャベツの千切りの山を作り上げ、キュウリとトマトもメインの大皿に人数分セッティングする。


 それが終わるとスーパーの総菜コーナーからゲットしてきたのであろうきんぴらごぼう、冷ややっこ、味噌汁をそれぞれ器によそり、並べる。


 ところがあっという間に皿洗いまで済ませてしまった翠は、エプロンを外すと、我が従妹ながらすごい、と感動しつつ食卓につこうとする透の肩をがっとつかんだ。


「あれ、あっちゃん?」


 食卓につき、ほかほかの料理に包まれながらくだらないエンタメトークにニコニコするという、退職を決めるまではありつけなかったゆとりある時間という贅沢を味わおうとした透だったが、真顔の従妹氏はまだ彼を落ち着かせるつもりはないらしい。


 彼女は真顔のままぽつりと言う。


「クローゼット」

「へ?」

「クローゼット見せてって言ってるの」

「……俺の部屋の?」

「他にどこがあるの」

「…………ご飯は?」

「伯父さんと伯母さんが帰ってきて、そろってからでしょ? 今から座ったってやることないはずだよ。わかったら早く」

「いやでもその、部屋散らかってるしさ……」

「透お兄ちゃんが、長男と実家暮らしの恩恵を全力で受けた結果、家事には一切期待してはいけない男に育ってることは前々から知ってるから、今更取り繕わなくて大丈夫だよ、安心して」

「あっちゃん……!」


 翠という少女は人を褒めつつ罵倒する達人である。そんなものに達人という概念があるのかは知らないが、とにかく透の心を折れないラインで的確に抉ってくる言葉遣いをすることに定評がある。


 ただ、彼女はさほど親密でない相手には非常に良好なコミュニケーションを取る、つまりは無難で耳障りの良い言葉しか吐かないから、刺すような言葉を使ってくると言うことはその分親密に感じてくれている部分もある……と、思いたい。


 翠は相手の状態を察するのが上手だ。透が本当に落ち込んでいるときは、けして今のような言い方はせず、そっと飴を差し出してくる。


 れっきとした関東人なのになぜ飴ちゃんをくれるのかは謎だが、そういう従妹の言葉だからだろうか、透も辛辣なことを言われても折れきらずに立ち直ることができるのだ。



 ともあれ。


 案の定入った瞬間、部屋の中を見渡してぴくりと一瞬だけ眉を動かした翠だが、事前宣言通り(?)期待通りの惨状があるだけだったのか、そこで毒を吐くことはなかった。


 クローゼットを開けた彼女はハンガーラックにかかっている透の服を確認し、くるりと振り返る。


「クリーニングに出してるものは?」

「えーと……今はないかな」

「ってことは、フォーマルな服はこれで全部ってことだね」

「まあ、そうなるのかな?」


 スーツは冬用が二着と、夏用の少し生地が薄いものが一着。いずれもスタンダードな黒色だ。ネクタイは多少柄物も持っているのだが、優等生で通す透――そしてファッションにはさほど気を遣っていない透らしいチョイスと言えよう。


「まあ、ドレスコードフォーマルの高級レストランなら、男性はスーツ安定で、小物をなんとかすればどうにかなるかもしれないけど、それでも真っ黒黒助はね……」

「あっちゃん?」


 うつむき、ぶつぶつ小声で唸っていた翠だが、ポケットからスマートフォンを取り出すとまた透に顔を向ける。


「透お兄ちゃん、前の店長職って、忙しかったけどその分お給料はそこそこいいお仕事だったよね?」

「え? ああ、うん、まあね……」

「つまり財布に問題はない。まあ最悪兄ちゃんが渋っても伯母さんから軍資金が出るか……スケジュール確認できる?」

「ん? あ、あ、えっと」


 透が慌てて鞄まで走り、手帳をめくるのを見て、翠はもう一度聞く。


「次。空いてるの、いつ?」

「えっ……日曜日?」

「じゃあ来週に間に合うね。服選びに行こっか」

「えええ……?」

「何ふぬけた面してんの、兄ちゃんの人生初デートでしょうが、もっと気合い入れるんだよ」

「えええ!?」


 そんな別に普段のスーツでいいじゃないか大げさな、と思っている透に、翠は冷ややかな目でぴしゃんと言い放つ。途端に言われた方は真っ赤になってあたふたと慌てだしたが、翠はスマホでなにやら素早く検索しながらまた抑揚の乏しい声を上げる。


「ちなみに、レストランってどこっていうかどういうところ行くとかは、わかってるの?」

「えっ、いや、その」

「イタリアン? フレンチ?」

「えーと……」

「よし。今すぐそのバリキャリさんに連絡取って、当日楽しみにしています、ところでご予定はどんな感じでしょう? ランチの後お時間ありますか? それとレストランは洋風ですか? 和風ですか? 僕、正直そういうのに全く不案内でどうすればいいのかわからなくて、ドレスコードとかどうしようかなって考えていて――って感じに聞き出すんだよ、ほら早く、善は急げ」

「お、おう……?」

「は・や・く。今スマホ取り出して打つの!」

「ハァイ!」


 発破をかけられ、慌てて透は動き出す。


 彼がたどたどしい動きでタップ画面を操作しているのを監視しながら、女子高生はとうとうと話す。


「いいですか、透お兄ちゃん。初デートを準備皆無ノープランなんて愚の骨頂、信じられない、人生舐めてるとしか言いようがないよ。別にガチガチに組む必要はないけどね、事前に対策できる部分があるならやっておかなきゃ」

「いや別にもう一回会おうねってお話になっただけで、デートなんて大げさなものというわけでは――」

「何?」

「デートでいいです、はい」


 てれてれしながらほんわか言うと、冷たく一蹴された。また真面目にメッセージを打つ作業に戻る。


 送信ボタンを押してから、透はふと首をかしげた。


「あの……でもさ。うるさく色々聞いて、大丈夫かな?」

「なんで?」

「ほら……その、迷惑に思われたりしないかなって言うか、情けないって思われちゃったりしないかなっていうか」


 透はそっと目を伏せた。


 ――男らしくない。


 心に突き刺さったとげが、じくじくと痛む。


「女の人って、男の人がスマートにエスコートしてないと、駄目って思うって言うか……」

「ああ、そうだ、大事なことを最初に聞くの忘れてた。透お兄ちゃんは、そのバリキャリさんのこと好きなの?」

「ぶっ」


 急に方向性の変わった、しかも直球な質問を投げかけられて透が吹くと、翠はスマホをいじっていた手を一度止めて顔を上げ、透をどこか試すような目で見据えてくる。


「別に恋愛的な意味じゃなくていいよ。シンプルに考えてくれればいい。本当はもう会いたくないか、もう一回だけなら会ってみてもいいか、もう一回だけじゃなくてできれば今後も会っていきたいか。どれが一番近いの?」


 口元をぬぐい、あっけにとられていた透だったが、翠がもう少し柔らかい質問にしてくれると、うーんと唸って首をひねる。


「少なくとももう一回、会ってみたいかな……」

「じゃ、まずはそれでいいんじゃない? 透お兄ちゃんの会いたい気持ち優先で」


 翠は透がわかったようなわかっていないような顔をしてぎこちなくうなずくのを見ると、言葉を更に付け足した。


「それに、バリキャリさんが初対面から泥酔して花嫁になりたいとかほざいてたような男に、スマートでハイスペックな対応なんざ期待してないだろうから、その辺余計すぎる心配というか、安心してていいと思うよ」

「あっちゃん!?」

「でもま、多少は見直してもらえるように、お洒落はしていこうね。私も手伝うから」

「あっちゃん……!」


 なんだかんだ面倒を見てくれる上に相談にも乗ってくれる従妹に、透は感動のあまり目元がじんわり熱くなるのを感じる。がばっと両腕を広げたが、クールな翠はすっとかわして部屋を出て行く。


「もうそろそろ時間だし、二人とも帰ってくるでしょ。下で待ってよ」

「……うん。あっちゃん、ありがとう!」


 透が声をかけると、従妹は一度だけ足を止め、ぶっきらぼうに「別に」と返し、階段を素早く降りて行ってしまった。

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