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お掃除しましょ! 窓ふき手始め

「掃除はあんたの部屋はどうせ酷いことになっているから、まずは大丈夫なところからいきましょ」

「アッハイ」


 トオルが自室が免除された事に喜ぶべきなのか悲しむべきなのか迷いつつ曖昧な声を上げている間に、寿子としこ夫人はバケツに雑巾二枚を持ってきた。


 そこにゴム手袋とエプロン、マスクと三角巾も見える。どう見ても透用グッズなのだろう、あれらは。


 本人はお世辞にもお出かけ向けとは言えない、汚れても何も問題なさそうな感じの、くたびれたジャージ装備で上下を固めている。


 まあ、家の中でジャージ装備は透も全く同じなのだが。


 それにしても、大掃除でもないのになんだその持ち物は、主婦って毎日こんなに地味に疲れる労働を毎回こなしている生き物なんだろうか、それにしては主婦本人は普段通りの見た目だ。色々と謎は深まる。


「トーオル。ここで問題です、じゃじゃん」

「えっ何それ聞いてない」

「掃除と洗濯に共通するものって、なーんだ?」

「ああこれさっきも同じ事をやったような……なんでそんな今日クイズ番組みたいな感じになってるの?」

「マイブーム」

「アッハイ」


 大人しく装備を着用している間に、隙を狙ったのか暇だったのか、うきうきな様子の橋田家の母が厄介なクイズコーナーを持ち出してきた。


 フリフリのエプロンを露骨に嫌な顔をしてから大人しく被りつつ、透は答えを考える。


「どっちも朝にやらないと駄目、とか?」


 ちょうど壁掛け時計が目に入ってきて、一番最初に思いついた、というか目の前にあるわかりやすい共通点を口にしてみる。


「あら、あんたにしては冴えてるじゃない。それもまあ、大事と言えば大事よう」

「…………」

「当てずっぽうで言ってみたら当たっちゃったからどうしようって顔してるわね」


 実際、透は自分で答えておいてあまり腑に落ちない顔をしていた。


 それも、と言うからには本命の答えは別にあるのだろうが、まず掃除を朝にやった方がいい理由が透には現状さほど思いつかない。三角巾を頭に装着しながら、疑問をそのまま口に出す。


「洗濯はお日様が出てる間じゃないと効率が悪いって言うのは、なんとなく体感でもわかるけど。掃除はなんで朝やらないと駄目なの?」

「朝一、というか、誰も起き出してきていないときが一番効率がいいって話よ。埃が立たないでしょ?」


 息子が納得した顔になった後、はっと気がついた風になってから慌ててノートを広げ、メモをしているのを見ると、母はますます得意げな顔になった。


「でもま、朝ご飯の前に埃を立てるのもあれだから。基本的にはご飯の後にやって、直前にはやらないようにするのだけどね」

「なるほどー!」

「片付け、って意味で考えるなら、掃除をするのは何かした後が一番よ。出した物はしまう、使った物は片付ける。その習慣を続けていればあっちゃんみたいになるし、習慣がないからあんたは」

「母さん母さん、そこまでで結構です、息子は自分の至らなさの自覚は十分あります……」


 結構重要な事を寿子夫人は口にしていたのだが、全方面に傷のある自覚を持つ透には重たい言葉だった。


 ゴム手袋まで付け終わって後はもう作業するだけの透だったが、顔を上げてみると母の姿が見当たらない。


 あれ、ときょろきょろ見回すと、ずるずる音を立てながら掃除機が引き立てられてきた。


「さあさあ、クイズはまだ終わってないわよう。窓ふきにも関連することなんだから、頑張って!」

「ええ……洗濯と掃除の共通点。どっちも綺麗になるぐらいしか、後は思いつかないんだけど」

「そうねえ。だから掃除も、洗濯、すすぎ、脱水の手順を踏むのよう。それに、頑固なところを集中した後、簡単な全体をささっと済ますのも一緒。

 ってことで、無事に正解にたどり着いた君に、この武器を差し上げよう! これでいつでも戦えるわよ!」


 寿子夫人に押しつけられたのは、ウィンドウクリーナー――つまりは窓ふき用洗剤である。


 これだけ物々しい装備で挑むのは窓かよ! と言う顔になった透に、


「失敗しようがない所から任せようと考える母の優しさに気づきたまえ」


 と胸をばばんと張った寿子夫人は高らかに主張した。大人しい透はア、ハイ以外の返事がない。


 確かに窓ふきなら、これ以上改善されることはあっても改悪されることはないだろう。


 早速一番近くのリビングの大きな窓を部屋の中から挑もうとした透だったが、雑巾を無造作にバケツの中に放り込もうとしただけで待ったがかかった。


「ああっと、透! その色つきの奴は、水拭きをした後のから拭き用よ。濡らさないでねん」

「……何か違うの?」

「水拭きの雑巾は使えなくなったタオルを再利用したただの雑巾。から拭き用の奴はもうちょっと高級なマイクロファイバーの奴よ」


 確かに、母が差し出してくる方の雑巾はいかにもミシンで手作りしましたという顔をしている上、透も昔見覚えのある柄をしている。


 一方、から拭き用と指定された方は一見するとタオルかハンカチと間違ってしまいそうな、小綺麗な市販品だった。


 気を取り直してまずは窓の内側、つまり室内側からクリーナーと水拭き雑巾を持って挑もうとした透だったが、背中にさらに待ったがかかる。


「透、窓ふき掃除は最初は外側からやるのよん。それと、更に言うと網戸から始めるのよん」


 たかが窓ふき、されど窓ふき。

 洗濯に引き続き、掃除でも早くも受難の予感が満々なのだった。

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