上司とラスボスが仲良くなってる
勅旨河原百合恵様
突然のメッセージ失礼いたします。
初めまして。私、この春に凪沼高校に進学いたします、広瀬翠と申します。
緊急事態につき、従兄の橋田透のスマートフォンにてご連絡させていただいております。
早速本題に入らせていただきますが、一月後のテストの件について少々お話しをさせていただきたく。
単刀直入に申し上げて、時間が足りません。
不肖の弟子をより上のステップに持っていく努力は日夜欠かさず、鍛練も積ませるつもりですが、はっきり申し上げて一月では勅旨河原様の期待するレベルには到底ほど遠く、及第点も与えられない成果になるのではないかと危惧しております。
せめてへたくそなりに家政夫見習いとして見られるようなレベルまで鍛えたいので、もう少し期間に余裕をいただけないでしょうか。
何とぞご検討の程、よろしくお願い申し上げます。
広瀬翠
(以下署名略)
***
広瀬翠様
春分の候、広瀬様におかれましては益々ご壮健のこととお慶び申し上げます。
日ごとに暖かさを感じられるようになりましたが、橋田透様、広瀬翠様におかれましてはお元気でいらっしゃいますでしょうか。
さて、広瀬様。お初にお目にかかります。
百鬼家のメイドを務めさせていただいております、勅旨河原百合恵と申します。
女学生にしては、とてもしっかりなさった方とお見受けして、あたくしも率直な意見を言わせていただきますわ。
一月と申しました手前、透様の上達度についてはさほど気にしません。
いえ、もちろん最低限度、あたくしの基準に達しているか、それぐらいは見させていただきますが、あくまでテストで一番大切にさせていただくのは、お嬢様に合っている殿方であるかの見極めの部分でございますの。
その点につきましては、多実奥様よりは厳しくとも、旦那様よりは遙かに優しい自負がございますので、気に病みすぎなくてもよくってよ。
けれど、そうでございますね。
確かに、橋田透様がある程度素養のある中級者ならばともかく、ずぶの素人に一からという条件で一月は、少々期間が短すぎて、本当にできないままなのか、伸びしろの最中なのか、判然としないやもしれません。
では、一月ごとに仮評定をさせていただいて、三月後――そう、今が三月の下旬ですから、四月下旬、五月下旬に中間テストをさせていただいて、六月の下旬に本当の決着をつけるというのはいかがでしょう?
将来性のある方と一緒にお仕事ができそうで、あたくし心が躍るのを感じます。
では、末筆になりますが、季節の変わり目なのでくれぐれもご自愛くださいまし。
勅旨河原百合恵
(以下署名略)
***
(略)
早速のご返信、誠にありがとうございます。広瀬翠です。
六月に期末テストの件、承知いたしました。
他にもテストに合格した後のプラン、不合格だった場合の百鬼様とのお付き合いの変化について等、ご質問させていただいてよろしいでしょうか?
(略)
***
(略)
そうでございますわね……。
広瀬様、今度の週末のご予定はいかがですか?
メッセージ文のやりとりより、直接会ってお話しした方がご質問の解決につながるのではと思います。
また、あたくし自身もあなた様にとてもお会いしたく存じます。
お婆とティータイムはいかが? お菓子をたくさん、ふるっておもてなしさせていただいてよ。
(略)
P.S.
あたくしの事はテッシーと呼んでよくってよ、アキちゃん(^^)
***
(略)
了解しました、テッシー(・ω・)b
その日程で大丈夫です。
当日お会いできる事をこちらも心より楽しみにさせていただきます。
(略)
***
「そういうわけで、私、今週末はテッシーとお茶会だから」
「ぶー!?」
帰宅した透から事情を聞き出した後、翠の行動は素早かった。
まず彼からスマホを奪い、勅旨河原百合恵さんと交換したアドレスにすさまじい素早さでメールを送る。
署名の翠のアドレスに勅旨河原さんが返信をしていたため、以降のやりとりは透不在で翠が仕切っていた。
が、話がまとまったからと、いきなりスマホのやりとりの画面を見せられたら、透は白目を剥いて吹くしかない。
「あっちゃん、いつの間に!?」
「兄貴が呆然としている間に」
「……なんか、ごめん」
完全に、当事者の割に静華の実家のあれこれにただただ打ちのめされるだけで何もしなかった透の尻ぬぐいである。
期間が短すぎるから伸ばしてくれだとか、合格不合格の後のフローについての質問なんて、それこそあの場で透が本来聞かなければならなかったことのはずだ、透が交渉しなければならなかったことのはずだ。
しゅん、と小さくなる従兄を見上げて、広瀬翠は黒い目を瞬かせた。ショートの髪をいじって、ぼそぼそと言う。
「透お兄ちゃん。なんていうか、完全に私のお節介でもあるんだから、そこは余計な事しないでよ、って言ってもいいんだよ? 私、最悪勅旨河原さんの印象悪くするだけで終わってたかもしれないんだし」
「へっ? い、言わないよ! だってあっちゃんは、俺のためにやってくれたんでしょ?」
「そうだけどさ……まあ、今はまだ仕方ないか。兄ちゃんはゴーサインがもらえないと動けない病気にかかってるんだもんね」
「……あっちゃん? それってどういう……」
透が眉をひそめ、首をかしげていると、翠はスマートフォンをスリープモードにしてポケットにしまう。
「透お兄ちゃん。しつこいかもしれないけど確認しておくね。百鬼静華さんと一緒にいたい?」
「え? そ、それは……」
「ちゃんと答えて」
「う、うん……やっぱり、いたい、かな」
何度聞かれても、照れながらも透ははっきり答える。
静華と一緒にいたい。その言葉だけは、いつでも心の中にあって、すっと言うことができた。
本人の前では、もう少し口ごもるけど。
「そ」
翠はふっと息を吐き、おもむろに腕を組んでぴんと眉を跳ね上げた。
「――じゃあ、とりあえず、まずはこの三月中に、透兄ちゃんの現状把握をしないとね? 今日だってまだ晩ご飯まで時間あるもんね?」
「……あっちゃん?」
ぼんやりのんびり橋田透は、たじ、と思わず後ずさるが、後ろは我が家の壁だった。
仁王立ちした翠が、高らかに厳かに言う。
「まずは、掃除から、やってみようか?」
その声の響きが、なんだか地獄の閻魔様じみた迫力に満ちているように聞こえたのは、果たして透の錯覚だったのだろうか?




