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百鬼さんの過去は波瀾万丈

 透が頷いて了承の意思を示すと、静華は話し始めた。今までの彼女のはきはきしたテンポ良い話し方と異なり、考え込みながらゆっくりと言葉を選んでいる。


「この家ね。私が買ったんじゃなくて人にもらったものなんだ。というか、元は母がプレゼントされたの」


 聞き手はふるまわれた紅茶に口をつけつつ、待ちの構えである。


 気になる点は多々あるが、途中で話の腰を折ってしまうと、どこまでも脱線しそうだ。ひとまずは話し手が満足するまで聞き届け、その後質問しても遅くないだろうと考えている。


「贈り主は、私の父。まあ……あの人、すごいお金持ちだからね。そういう愛情表現の仕方なんだよ。ちなみにさっき駐車場にあった二台目も、去年の私の誕生日祝いに贈りつけられた奴。……私が趣味の悪い中古車を自分で買ったのが気に入らないんだよね、あの人」


 透はカップに口を付けたまま、なんとなく固まっていた。こういうときどんな顔をしていれば正解だというのか、皆目見当もつかない。


「静華さんの趣味は、悪くなんかないと思いますよ……」


 趣味が一般的傾向から外れていることは否めないが、悪と断じるのは違うと思う。


 思わず一言口にすると、彼女は嬉しそうに目尻を下げた。


「私は小さい頃から、両親にすごく大切に育ててもらったけど。大学生になったとき、ようやく自分がいわゆる普通の人とは全然違ってたって事を知って……なんだろうね。とても、ショックだった。

 勉強は結構できた方だと思うけど……まあ、さっき話したような父だから。女の子はそんな無理して働かなくていいんだ、お嫁に行きたくないって事ならパパが一生養ってあげるから、って感じで」


 喉の調子が思うようにいかなかったのか、一度咳払いしてから喉を潤している。


「遅い反抗期がようやく来た私は、大企業にとっとと就職して、それはもうがむしゃらに働いた。稼ぎまくって、今までもらったもの全部突っ返してやるつもりだったんだ。

 家も飛び出して、友達とシェアハウスして、来る日も来る日もできるだけ会社に残って――あ、もちろん毎日知らないことの連続で、すごく大変だったけど……楽しかったんだよ、とても。

 でも、自分で思ったような自律なんて、今までしてもらうことが当たり前だった私には――全然、できなかった。家事もね、友人が好意でやってくれるものだから、甘えちゃって」


 静華は自嘲するように口元をゆがめた。


「それでも、最初はなんとかなってたんだけど……社会人三年目にして、ついに身体を壊した。自分では全然大丈夫だと思っていたんだけど、やっぱり無理って後にたたるんだね。しっかり休みを取らないと駄目だって周りから言われて、それでも最初は悔しかったから意地を通そうかと思ったんだけど――さすがに、母に親不孝はできなくてね。ベッドの横で泣かれちゃったら勝てないよ」


 彼女はふっとどこか遠くに視線を投げてから、手元のカップに下ろす。その表情は、優しくも寂しい。


「強制的に長いお休みになって、シェアハウスも、私は家にいてもできないのに友達は忙しそうで……見ていられなくなっちゃって。母と一緒にまた暮らしてみたりなんかして……数ヶ月、そうしてる間にさ。会社の方で、私が手がけていた新規のプロジェクトが、別の人に引き継がれて――なんか、ぷっつんて切れちゃったんだよね、色々と。結局退院しても退職して、引きこもりになった」


 透はそこで、いつの間にか、食い入るように身を乗り出して話に聞き入っていた自分に気がついた。


 なんとなく気まずいのをごまかすように、慌ててカップに口をつけても、もう空になってしまっていた。


 彼が机の上にカップを戻すのと、静華が同じ事をするのはほぼ同時のことだった。


「でも、やっぱりね。なんか、何の不安もなくただ遊んで暮らして――って生活は、合わなくて。写真が趣味だったから、そっちで声をかけてくれた人の伝手を頼って――で、今細々ジャーナリストも始めたところ、って感じなんだ。今度は無理はしすぎないように、でも私のしたい働き方が、生き方ができるように、色々と試しながら、探りながら。

 透君。だからね。実は今、私も君と同じ。人生の迷子なの。しかも君は、三年前の私にそっくりだったから、放っておけなくて。

 ……ああ、やっぱり長くなっちゃった。でも、ここまで話したら、わかってもらえたかな。どうして私が、君がいいな、って思ったのかってこと」


 最後に静華は囁くように、「それとも、幻滅した?」と言った。透は間髪入れず、ぶんぶんと首を左右に振る。


「いえっ、いいえっ、百鬼ナギリさん、自分は、自分はっ、感動して――」


 鼻をすすり、熱くなった目元をごしごしとこすりながら、胸の奥からわき上がる感情のままに、この熱くなった胸の内を伝えようとし――。


「ワンワンワン!」


 ――たのだが。突如響いてきた猛烈な犬の吠え声に邪魔された。


 がくっ、とこけた透の前で、「あ、しまった、ゴンゾウ。今までおとなしかったのに、どうしたんだろう?」とか呟きながら、静華がソファを立ち上がり、すたすた廊下の方に歩いて行く。


 どうもお犬様は、3LDKのうちの一部屋を贅沢に与えられているとみた。


(自己主張するのは構わないけど、もうちょっと空気読んでよ……!)


 透は頭を抱えてうなだれる。なんか今、勢いに任せて普段言えないような大胆なことまで出てきそうだったのに……完全にくじかれた。タイミングを逃した。


「透君、気分悪いの?」

「いえ、大丈夫です、お構いなく……」


 戻ってきた静華の後ろには、健やかそうな――茶芝だろうか? ――様が、ちぎれんばかりに尻尾を振ってぴったりくっついている。


「ウー、ワン! ワンワンワンワンワンワン! ワンワンワンワンワンワンワンワンワン!!」


 かと思ったら、見慣れぬ侵入者の顔を見た瞬間、ピタッと立ち止まり、猛然と威嚇してきた。


 ――吠え立てられた透が、半泣きのような情けない顔になってしまったのは、仕方のないことだったと言えよう。

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