第99話 王都の学者
「これは、国の未来に関わる重要な調査なんです」
職人ギルドを一通り回って帰ってきた僕は、冒険者ギルドに入るなりそれを見て足を止めた。
深緑色の法衣の上に焦げ茶のコートを羽織った金髪の女性が、真面目な面持ちでヘンゼルさんに何かを訴えかけている。
髪の間から長い耳が覗いているのが見える──あれは、エルフか。
エルフは基本的に自分たちが治める国の領地から出ることがないので、こんな場所で見かけるのは珍しい。
「是非とも、敏腕の鑑定士様を派遣して頂きたく──」
……何か不穏な言葉が聞こえた気がする。
知らないふりをして早めにこの場から退散するとするか。
僕は何もないような顔をして、此処から立ち去ろうとした。
「……あら、イオちゃん帰ってたのね」
「!……」
ヘンゼルさんの声にびくっとして肩を竦める僕。
……逃げられませんでした。
内心の動揺を悟られないように、極力平静を装って僕はヘンゼルさんたちの方に振り向いた。
「ただいま戻りました」
「丁度良かったわ。紹介するわね。こちらはフェルディユちゃん。王都から来た学者さんなんですって」
「フェルディユ・オランモディンです」
左目に掛けたモノクルの位置を正しながら、フェルディユさんは一礼をした。
流石エルフというだけあって美人だな。有名画家の絵画とかで描かれていそうな美貌の持ち主だ。
僕は軽く会釈をして、名乗った。
「イオ・ラトンです。このギルドの鑑定士をやってます」
「そうですか。貴方が」
フェルディユさんのエメラルド色の瞳が、じっと僕の顔を見据えた。
貴方が……って、彼女は一体ヘンゼルさんから何の話を聞いたのだろう。
「お願いします。イオさん、私が行っている調査に協力して頂けないでしょうか?」
──話を聞いてみると、何でもフェルディユさんは、王都の命で門に関する研究を行っているのだそう。
門から召喚される魔物にはどんな種類がいるのか、門の向こう側はどのようになっているのか、などといったことを調べているらしい。
今回ラニーニャの南に門が現れたので、実物を調査するまたとない機会だと思い、門の鑑定ができる鑑定士に調査協力を依頼するべく冒険者ギルドに訪れたのだそうだ。
これ、あれだよね。調査協力を引き受けたら、必然的に魔物と戦うことになるってことだよね。
僕は戦えないよ。もし魔物が襲ってきたら、誰が戦うことを想定しているんだろう?
「僕は戦闘は全くできませんよ。魔物と戦う際の頭数に数えられると困るんですけど」
「その点でしたら大丈夫です。私、こう見えて魔法の腕には自信がありますので」
フェルディユさんは右手に抱えている分厚い書物を胸の横に掲げて言った。
辞典並みに厚みのある本だ。これで殴られたら痛そうだな。
ひょっとしてこの本が、魔道士としての彼女の武器なのだろうか。
「イオさんには、私が魔物と戦っている間の鑑定作業をお願いしたいのです。私も一応は鑑定魔法が使えますが、精度はプロの方には劣りますし、何より魔物と戦っていると鑑定する余裕なんてありませんので」
……鑑定の精度なんて鑑定魔法を使えば誰でも同じ結果が出ると思うんだけどな。
まあ、僕も鑑定魔法について熟知しているわけではない。魔法の使い手によって精度に差がでるということも、ひょっとしたらあるのかもしれない。
それならば本職の鑑定士が鑑定した方が良い結果が出るというものか。
でも、魔物の巣窟と分かっている場所に出張か……うーん。
「……元冒険者のジャド君の方が適任だと思うんですけど、僕じゃないと駄目なんですか?」
「鑑定士としての腕前はイオちゃんの方が上でしょ。鑑定のお仕事なんだから、腕のいい鑑定士が担当するのは当たり前のことじゃないの」
苦笑するヘンゼルさん。
どうやらヘンゼルさんの中では、僕がこの依頼を引き受けることで決まっているようだ。
美人と仕事ができるのは嬉しいけど……何だかなぁ。
「イオ~」
僕が言葉に詰まっていると、2階からとてとてと足音を立てながら降りて来る人影がひとつ。
スノウは僕の膝にぽふっと抱き付くと、下から掬い上げるように僕の顔を見上げた。
「スノウ、大人しく待ってたよ。偉い?」
「あ、ああ。ちゃんと僕の言ったことを守ったんだな。偉い偉い」
「やったー。褒められちゃった」
頭を撫でてやると、スノウは嬉しそうに笑った。
それから、ふと気付いたようにフェルディユさんの方を見る。
「……誰?」
「フェルディユといいます。イオさんに、お仕事のお願いをしてたところなんです」
フェルディユさんはその場にしゃがんで、スノウと目線の高さを合わせて言った。
ちょ、ちょっと。スノウに仕事の話を聞かせるのは……
「お仕事?」
「魔物調査のお仕事です。腕の良い鑑定士さんの協力がどうしても必要でして」
「魔物?」
ぱっ、とスノウは表情を輝かせた。
「魔物のいる場所に行くの? スノウも行くー。いっぱい魔法使ってやっつけるのー」
「こ、こら、スノウ……僕は行くとは一言も」
「ねえイオ、スノウもお仕事行きたい。連れてって。お願い」
……ああ、やっぱりこうなったか。
だからスノウにはこの話は聞かせたくなかったのに。
「スノウちゃんもこう言ってるんだし、これは引き受けないわけにはいかないわよ、イオちゃん」
ヘンゼルさんは口元に手を当ててうふふと笑った。
笑い事じゃないですって、ヘンゼルさん。
僕は脱力気味に分かりましたと呟いて、フェルディユさんに依頼を引き受けることを告げたのだった。




