第89話 VSドッペルゲンガー
ヘンゼルさん──の姿をしたドッペルゲンガーは、腹に短剣を残したままその場を跳躍し、カウンターの上に着地した。
その動きは人と言うよりも、猿に近い。
ジャド君はドッペルゲンガーを睨み据えて、叫んだ。
「サンダーバレット!」
ドッペルゲンガーが宙高く跳び上がる。
ジャド君が放った魔法は、ドッペルゲンガーが跳んだ後のカウンターに命中し、ばちんと大きな音を立てて霧散した。
ドッペルゲンガーはくすくすと笑っている。
カウンターから離れた位置に着地し、それと同時に右の掌をこちらに向けて翳してきた。
びきっ、ばりん!
僕の足下に氷の塊が生まれ、砕け散り粉と化す。
思わず身構える僕に、ジャド君は言った。
「先輩、外に行って冒険者の皆さんに声を掛けて下さい!」
言い終わるや否や、カウンターを跳び越えてドッペルゲンガーとの距離を一気に詰める。
華麗な舞を舞うように、右足を上段に繰り出す。
それを上体を反らしてかわし、ドッペルゲンガーはジャド君に向かって右の人差し指を突き出した。
ゅんっ!
不可視の刃が、ジャド君の頬を掠めて通り過ぎていく。
頬に傷を負ったジャド君は微妙に顔を顰めて、片足を大きく踏み込み、左手をばっと突き出した。
「ウィンドカッター!」
ギルド内に風が吹き荒れる。
収束した風の刃は、ドッペルゲンガーの全身を切り刻んだ。
身体のあちこちから黒い蜜のような体液を零しながら、ドッペルゲンガーはべたりとその場に這い蹲るような体勢を取った。
外見はヘンゼルさんそのものだから、余計に異様に見える。
僕はジャド君たちが睨み合っている隙を見計らってギルドの外に出て、道行く人たちに向けて叫んだ。
「ドッペルゲンガーが出ました! 皆さん力を貸して下さい!」
これで通りにいる冒険者たちが来てくれるはず。
言い終わると同時に僕はギルドの中に戻った。
「アイシクルアロー!」
ジャド君が氷の魔法を立て続けに撃ち出す。
ドッペルゲンガーは、それを這い蹲った姿勢のまま器用に跳んでかわした。
氷の矢が床に突き刺さり、氷の欠片となって散っていく。その上に着地したドッペルゲンガーは、嘲笑するように顔を歪めてジャド君を見上げた。
その顔が、突如として生じた炎に包まれる。
今の炎を放ったのは──
「鑑定士さん、どいてな!」
ギルドの外から駆けつけた冒険者が、翳していた左手を下ろして僕に言った。
言われた通りに戸口の前からどいた僕の横をすり抜けるように駆け込んだ別の冒険者が、取り出した幾本ものダガーをドッペルゲンガーめがけて投げ放つ。
新たな敵の出現にびくっと震えたドッペルゲンガーの全身を、ダガーの刃が貫いていく。
体液を撒き散らしながら人の悲鳴のような叫び声を上げるドッペルゲンガー。
その身体を、冒険者が振り下ろした大剣が斜めに斬り下ろした。
「イァアアアアアア!」
鼓膜を揺さぶるような金切り声を発して、ドッペルゲンガーがばたりとその場に倒れ伏した。
その全身が黒々とした影のような代物に変化し、ぐしゃりと潰れて床の上に水溜まりのように広がっていく。
からんからんと床に落ちるダガー。その刃に付着した黒い液体も、塵が落ちるようにさあっと落ちて消えていく。
厳しい顔をしてドッペルゲンガーを睨み付けていたジャド君は、身体の構えを解いて、僕たちがいる方に向き直った。
「……ありがとうございます。助かりました」
「ドッペルゲンガーの話は聞いてたんだけどな、まさか此処のマスターに化けてるとは思わなかったぜ」
ドッペルゲンガーが消えた後の床に目を向けて言う冒険者。
「倒せたのは良かったが、そうなると本物のマスターは何処にいるんだ?」
「…………!」
僕とジャド君は顔を見合わせた。
ドッペルゲンガーは、成り代わった存在を殺して唯一無二になろうとする習性がある──
ヘンゼルさんが言っていた言葉を思い出す。
ひょっとして、ヘンゼルさんは──
僕は冒険者たちの方に向き直った。
「すみません、ヘンゼルさんを探すのに協力して頂けますか?」
外に飛び出していく冒険者たちを見送って、僕はジャド君に歩み寄った。
床に落ちていた短剣を拾い、言う。
「僕もヘンゼルさんがいそうな場所を探してみます。ジャド君は留守をお願いします」




