第87話 鑑定大戦争
ヘンゼルさんが予想した通り、冒険者ギルドは営業開始早々に鑑定希望の人々で溢れた。
特に目立ったのは、これもヘンゼルさんの予想通りに一般人の鑑定希望者だ。
家族や友人同士で連れ立って鑑定を受けに来るパターンが多く、この場合は1度の鑑定依頼で数人をまとめて鑑定することになる。
故に鑑定作業はなかなかはかどらず、気が付けば鑑定待ちの人で長蛇の列ができるまでになっていた。
ジャド君と2人がかりでやってもこうなのだ。もしもジャド君がいなかったら……なんて、恐ろしくて考えたくもない。
昼過ぎになっても行列は途切れることなく、そのお陰で昼休憩にも行けない有様だ。
いい加減腹減ったと言うわけにもいかず、僕はひたすらやって来る人たちの鑑定作業に明け暮れた。
全く、迷惑極まりない存在だよドッペルゲンガーは。
多少人が減ってきたかなと実感できるようになったのは、15時を回ってからのこと。
この頃になると、僕もジャド君も疲労困憊だった。
何せ無休憩で鑑定し続けてたんだもんな。
因みに成果はなし。ドッペルゲンガーは見つかっていない。
そりゃ、鑑定されたら困るんだからドッペルゲンガーが自分から鑑定を受けに来るはずがないよな。
無駄なことをしてるなぁと微妙に思いつつ、鑑定を続けて更に時間は流れ。
ようやく鑑定希望者がいなくなったのは、17時を回った頃のことだった。
丸1日鑑定し続けてたよ。びっくりだ。
しかし、これで一息つけると思ったら大間違い。通常の鑑定業務がまだ残っているのだ。
こういう時に限って如何にも魔法の道具ですって感じの品物が鑑定依頼品として来てたりするのだから、神様は僕たちを休ませる気がないんだろうって思いたくもなる。
愚痴を言いたくなるのをぐっと我慢して鑑定依頼品を捌いていき、
本当に全てが片付いた時には、定時はとっくに過ぎていたのだった。
「……終わった……」
べちゃ、と潰れた蛙のように机に突っ伏して、僕は呻いた。
机の上でスノウがくるると喉を鳴らしながらそんな僕を見下ろしている。
椅子の背凭れに全体重を預け、ふーと長く息を吐くジャド君。
「休憩取る暇もありませんでしたね」
「ドッペルゲンガーめ……」
この騒動の原因になった存在に毒づき、僕は顔を上げる。
「今日はレモン風呂に入る。入って寝る。寝てやる」
「先輩、目が据わってます」
「だって、明日もこうなんだと思うと……」
はあ、と僕は溜め息をついた。
今日鑑定希望者が全員此処に来たわけではないのだ。明日も、明後日も、今日ほどではないかもしれないが人が来ることは目に見えていることであって。
憂鬱だ。仕事に文句があるわけではないのだが、憂鬱だ。
「……ジャド君。仕事が終わったらシルフの鍋亭に夕飯食べに行きませんか。労を労い合いましょう。そうでもしないとやってられないです」
「いいですね。俺、腹ぺこぺこですよ」
早速行きましょうと言わんばかりにジャド君は席を立った。
僕ものろのろと上体を持ち上げて、立ち上がる。
スノウを右肩に乗せ、階下へ。
冒険者との取引を終えたヘンゼルさんが、丁度良いタイミングでこちらを向いた。
「イオちゃん、ジャドちゃん、今日は本当にお疲れ様。大変だったでしょ」
「生まれて初めて鑑定士の仕事に愚痴を言いたくなりました」
死人のような虚ろな僕の言葉に、あらあらと苦笑するヘンゼルさん。
「イオちゃんからそんな言葉が出るなんて」
「僕も人間ですからね。たまにはネガティブになることもありますよ」
「ま、ドッペルゲンガーが討伐されるまでの辛抱よ。辛いかもしれないけど、頑張ってちょうだい」
まあ確かに、此処でヘンゼルさんに愚痴を言うのは間違ってる気がする。
眼鏡を外して鞄にしまい、僕はゆっくりとした足取りでギルドの外に出た。
「とりあえず、帰ります。御飯食べないとなんで」
「お疲れ様、イオちゃん。ジャドちゃん」
僕とジャド君は通りを肩を並べて歩き始めた。
せめて夕飯は美味いものを食べて疲れを少しでも忘れよう、そのようなことを考えつつ。




