第86話 なりすましに御用心
朝。いつものように出勤した僕が目に留めたのは、紙を見て眉間に皺を寄せているヘンゼルさんの姿だった。
ヘンゼルさんは振る舞いはああだけど見た目はスキンヘッドで強面だから、眉間に皺が寄ると迫力が増すね。
「おはようございます、ヘンゼルさん」
僕が声を掛けると、ヘンゼルさんは表情はそのままに紙に向けていた視線を僕へと移した。
「おはよう、イオちゃん」
「何かあったんですか? そんな怖い顔をして」
いつもの場所に鞄を置く僕に、彼は手にしている紙を差し出してきた。
「これよ」
手書きの文章に、人を描いた絵が載っている。
どうやら、街が発行している新聞のようだが──
見出しを一読して、僕は片眉を跳ね上げた。
「……ドッペルゲンガー?」
ドッペルゲンガーとは、他人の姿を真似るのを得意とする魔物だ。
相対した者の会得している戦技や魔法、喋り方や癖など、ありとあらゆるものを真似るので倒すのは一筋縄ではいかないと言われている。
新聞には、そのドッペルゲンガーがこの街に現れたという旨が書かれていた。
何でそんな魔物がこの街に? 残念ながらそれは分かっていないらしい。
新聞は街の住民の誰かになりすましている可能性があるので気を付けろと締め括っている。
気を付けろと言われても、何をどう気を付ければ良いのだか。
なりすまされないように気を付けろということなのか?
「ドッペルゲンガーはね、なりすました相手を殺して自分が唯一無二になろうとする習性があるの。街の人の誰かになりすまされたら大変よ」
確かにそうなったら大事だ。
ドッペルゲンガーに襲われたら、冒険者ならばいざ知らず、一般人では太刀打ちできないだろう。
そうなる前に冒険者たちに依頼して討伐してもらうのが最良なのだろうが、肝心のドッペルゲンガーが誰かに化けているとなると、厄介なことになる。
誰かに化けたドッペルゲンガーは、本物と全く同じ外見と能力を持っている。一見しただけでは、本物との区別が付かないのだ。
見破る方法はひとつ。鑑定魔法を掛けることだ。
とはいえ、何百といる街の住人1人1人に鑑定魔法を掛けて回るのは骨が折れる。
もっと簡単な方法があれば良いのだが──
「多分、これを見た一般人の鑑定希望者が殺到すると思うわ。イオちゃん、ジャドちゃんと協力して対処してちょうだい」
……やっぱりそうなるよな。
ヘンゼルさんはすぐに仕事としてドッペルゲンガー討伐の依頼を準備すると言い残し、ギルドの外へ行ってしまった。
……この依頼が片付くまで忙しくなりそうだなぁ。
僕は鞄から眼鏡を取り出して、それを掛けながらカウンターへと移動した。
貼り出されている仕事を見つめて、溜め息をつく。
『イオ、お仕事?』
僕の顔を見上げてスノウが尋ねてくる。
僕は腕を組んで、スノウの顔を横目で見た。
「うん、お仕事。これからいっぱいあるんだってさ」
『スノウもお手伝いするー』
気持ちは嬉しいけど、スノウの力が必要になることはないかな。
「ん、気持ちだけ貰っとくよ。ありがとね、スノウ」
頭をちょいちょいと指の腹で撫でてやると、スノウは気持ち良さそうに目を閉じて指に頭を擦り付けてきた。
……考えていてもしょうがない。目の前のことをひとつずつやっていくしかないか。
「……おはようございます」
「おはようございます。ジャド君、早速なんですけど」
気だるげな眼差しをしてギルドに入ってきたジャド君を呼んで、僕は持っていた新聞を彼に見せた。
さあ、1日の始まりだ。




