第76話 海鮮鍋
日が暮れて。僕とジャド君は、料亭を目指して大通りを進んでいた。
白いフードを目深に被ったジャド君は、きょろきょろと忙しなく辺りを見回しながら僕の半歩後ろを歩いている。
何でもジャド君は鑑定士になる前は冒険者として活動していたそうで、こういう歩き方をするのは冒険者時代からの癖なのだそう。
長年の癖ってのはなかなか抜けないからね。僕にもそういうことはあるし。
そんなこんなで、僕たちは料亭に到着。
夕飯時ということもあって、入口には行列ができていた。
それでも人の回転は早く、そんなに待つこともなく店内に入ることができた。
席に座り、メニューを開く。
今回は、注文しようと思っているものは決まっている。
ずばり、鍋だ。
親睦を深める料理といえば、大勢でひとつの器をつつく鍋は定番だろう。
種類には肉の鍋と魚介の鍋があるが、相談の結果魚介の鍋にしようということで決まった。
店員さんを呼んで料理を注文すると、ジャド君から待ったの声が。
「すみません。生卵があったら頂きたいのですが」
鍋に生卵?
怪訝そうな顔をしながらも、店員さんは御用意しますと言い残して去っていった。
出された冷茶に口を付けながら、僕は口を開く。
「ジャド君は、どうして鑑定士の道に?」
これは僕が彼のことを聞いて真っ先に疑問に感じたことだ。
冒険者稼業は一般人と比較して実入りが良い。そういう理由もあって、若くて体力に溢れている頃の者なら大抵は冒険者になりたがる。
彼は、見たところ大きな怪我をしているといった様子もない。そうであるにも拘らず、わざわざ一般職の鑑定士に転職する理由とは何だろうと思ったのだ。
ジャド君は被っていたフードを脱いで、冷茶入りのカップに手を伸ばした。
「俺、鑑定士になるのが夢だったんです」
何でも小さな頃に出会った鑑定士さんが、知的で格好良い人物だったらしく、子供心に憧れを抱いたのだとか。
最初は鑑定士になるつもりで魔法の勉強をしていたのだが、鑑定士としての働き口がなかなか見つからず、あれよあれよと言う間に歳を取っていき。
仕方がなかったので、魔法の才能があったことを生かして冒険者になったのだそう。
ヘンゼルさんが出した鑑定士募集の貼り紙を見た時は、諦めかけていた夢を再度追えるチャンスに感謝したらしい。
鑑定士……地味な職業だけど、なりたがる人っているもんなんだな。
僕は鑑定魔法が使えるから鑑定士になろうって安直な考えで今の職に就いた、なんて彼には話せそうにない。怒られちゃうよ。
「雇って下さったヘンゼルさんには感謝してます」
本当に嬉しそうに語るジャド君。
いい笑顔をしてるよ、今の君は。
──店員さんが注文した鍋と生卵を持って来た。
ジャド君は器に生卵を割り入れると、何とそのまま口に含んだ。
え、鍋食べるのに使うんじゃなかったんだ。
生卵を丸呑みって……初めて見たよ、そんな食べ方をする人。
まあ、食の嗜好は人それぞれだし。突っ込まないでおこう。
僕は鍋の蓋を開いた。
湯気がふわっと視界を覆い隠す。
僕の隣で大人しくしていたスノウが、興味津々と鍋を覗き込んだ。
『いい匂いがする』
魚介から良い出汁が出ているな。これはスープも美味いぞ。
鍋はこうじゃなくちゃね。
僕はくつくつと煮立っている鍋を掻き混ぜて、器に具を盛り付けていった。
鮭、ホタテ、海老、豆腐、白菜、人参、椎茸、と……こんなものかな。
スノウの分は海老の殻を剥いて出してやる。
「熱いから気を付けるんだぞ」
スノウは器に顔を突っ込んで、鮭を口に含んだ。
『熱いけど美味しいねー』
好評なようで何よりだ。
僕も食べよう。
丸々としたホタテを、息を吹き掛けて冷まして口へと運ぶ。
プリッとした貝柱から染み出してくる汁が美味い。
鮭はどうだろう。
皮から身を外し、小骨に注意してぱくり。
鍋の出汁が程好く染みていてこれも美味い。
鍋はいいね。身も心もあったまるよ。
ジャド君は白菜が気に入ったのか、早々に1杯目を食べ切って白菜ばかりをおかわりしていた。
鍋の白菜は美味いよね。具から出た旨味をたっぷり吸っていて。
「イオ先輩は、いつもこんな食事をなさってるんですか?」
白菜を頬張りながら、ジャド君が尋ねてくる。
「僕は料理下手なもんで……基本食事は外で済ませますね」
今はスノウもいるから、適当に摘まめる軽食で済ませるわけにはいかないんだよね。
スノウは食事に関して文句は言わないけど、せっかくだから美味しいものを食べさせてあげようって気になるじゃないか。
食費がばかにならない? そこはそれ、これはこれだ。
それに、悲しいかな最近は出張が多いから、その特別ボーナスで懐は潤ってるんだ。
出張業務はなるべく遠慮したいことではあるけど、こと収入の多さに関してだけは感謝してやらないでもない。
「屋台で済ませることもあるし、こうして店で食べることもあるし……その時々によりますが」
「屋台には俺も何度も世話になってました。特に鉄板焼、あれが好きで」
「ああ、鉄板焼は美味いですよね。カリカリに焼けたベーコン、あれが香ばしくて」
「それそれ! 俺もです、ちょっと焦げ目が付いたくらいのやつがいいですよね!」
僕の話に乗ってくるジャド君は、歳相応の若者らしくよく喋る。
最初に見た時は、妖艶で大人しくて真面目そうな雰囲気だったんだけど。
変な緊張感というか、固さが取れてとっつきやすい物腰になったんじゃないかな。
これくらいの軽い雰囲気の方が、僕としても喋りやすい。
鑑定士は人を相手にする職業でもあるから、この柔らかさは大事だ。
明日からどうなることやらと思っていたけど、どうやらいらない心配だったようだ。
その後も他愛のない世間話をしながら、僕たちはひとつの鍋をスープも残さずにつついたのだった。
食事をするだけの交流会だけど、開いて良かったよ。




