第64話 緊急依頼
僕たちが地上に戻った時、日はすっかり暮れていた。
それでも1日でダンジョン調査が終わったのだから御の字というところだろう。
ノエロニの街に戻り、手に入れた魔物の解体を依頼しに冒険者ギルドへと足を運ぶ。
此処のマスターは、黒髪に褐色肌が何とも健康そうな雰囲気の女性だった。
背が高い。多分2メートルくらいあるんじゃなかろうか。
ギルドカウンターからこちらを見下ろしてくる姿は一種の迫力がある。
あまりの大きさに僕は圧倒されていた。
「解体依頼かい? 物は何だい」
ラーシュさんは慣れた様子でギルドマスターと話を進めていく。
それを見守るルカさんとロイドさん。
流石冒険者だ、ちょっとやそっとのことでは驚かないんだな。
と。
外からばたばたと慌てた様子で、一般人らしき男の人が冒険者ギルドに駆け込んできた。
「ワイバーンが……ワイバーンの群れが出た!」
──何でも、北の方から10匹ほどの群れが飛んできたのだそう。
幸いノエロニの街を襲うことはなく、群れは南の方に行ってしまったが、目撃者が多数いたこともあって街中は騒ぎになっているのだとか。
群れは南に……
僕はハッとした。
此処から南といえば、ラニーニャがある場所じゃないか。
まだそうだと決まったわけではないが、ワイバーンがラニーニャを襲うようなことがあったら、ヘンゼルさんたちは──
僕の表情から、心境を察したらしい。ラーシュさんが僕に問いかけてくる。
「今から戻りますか? 馬車を使えば、1日でラニーニャまで行けますが」
「……はい」
僕は頷いた。
今から移動となると確実に徹夜することになるが、そうも言っていられない。僕としては、ヘンゼルさんたちの身の安全を確認する方が重要なのだ。
ラーシュさんはギルドマスターとの話も早々に切り上げると、馬車の手配を頼んでくれた。
魔物の解体依頼とか、そういう話を全て後回しにしての心遣いだ。
ラーシュさんたちにしてみたらラニーニャに拘ることはないだろうに、有難いことである。
やって来た馬車の御者に多めの代金を支払って、僕たちは一路ラニーニャへと向かう。
夜ということもあって昼間よりも多くの魔物の襲撃があったが、それはラーシュさんたちとスノウの活躍によって事なきを得た。
ダンジョン調査で身体は疲れているはずなのに、全く眠くならなかった。
心配が疲労を上回っているのだろう。どうやら僕は、自分で自覚している以上にラニーニャのことで頭が一杯になっているらしい。
──日が昇り、朝が来て。
ラニーニャの街が地平線の彼方にうっすらと見えてきた。
見た感じ、異変が起きているようには見えないが……
街の中に入り、冒険者ギルドの前で馬車を停めてもらう。
慌てて駆け込むと、丁度ヘンゼルさんが冒険者と真面目な顔をして話をしている場面に出会った。
良かった。此処はまだ無事なようだ。
「……そうなの。分かったわ、今すぐ緊急依頼として貼り出すわ。貴方はできる限り多くの仲間に声を掛けてちょうだい」
冒険者がギルドの外に出て行く。冒険者を見送るヘンゼルさんと、その時になって初めて視線がぶつかった。
「イオちゃん、お帰りなさい。慌しくてごめんなさいね」
「事情は分かっています。ワイバーンが出たんですよね」
ラーシュさんが言う。
ヘンゼルさんは肯定して、カウンターの棚から大きめの紙を取り出した。
「ええ。幸い被害はまだ出ていないけど……いつそうならないとも限らないわ。冒険者ギルドとしては見過ごせないから、緊急依頼として討伐隊を編成することにしたの」
紙に、依頼の内容をさらさらと書いていく。
末文にサインをして、判を押して、カウンターに備えられているクエストボードにそれを貼り付けた。
「帰ってきたばかりで申し訳ないけど、貴方たちも手が空いているようなら力を貸してちょうだい」
「分かりました」
ヘンゼルさんの言葉に頷くラーシュさんたち。
僕と同じで徹夜しているというのに、そのことを全く感じさせない力強さだ。
──僕は、あくまで一般人なので討伐隊に編成されることはない。しかし、分かりました後は宜しくというわけにもいかないだろう。
怪訝そうな顔をしているスノウの足を撫でてやり、僕はヘンゼルさんの手伝いをするべくカウンターの裏手に回った。
僕がこの冒険者ギルドに勤めて以来の大事だ。気を引き締めないと。




