第61話 VSウォーターエレメンタル
『イオ?』
座り込んだ僕の顔を覗き込んで、スノウが名を呼んできた。
僕は答えられない。痛みに耐えるのが精一杯で、スノウの顔を見ることすらできない有様だった。
『痛いの?』
スノウが僕の肩から降りた。
目の前に着地して、血にまみれた僕の足を見る。
灰色の瞳に、血の赤が映り込む。
『怪我してる』
みゃあ、と鳴き声を上げて、スノウはくるりと僕に背を向けた。
首を持ち上げて見ているのは、ラーシュさんたちと戦っているウォーターエレメンタル。
ぐる、と普段の様子からは想像も付かないような低い唸り声を発して、翼を広げた。
『イオに怪我させた。悪い奴、やっつけなくちゃ』
舞い上がり、ウォーターエレメンタルめがけて突っ込んでいく。
丁度ルカさんが、雷の魔法をウォーターエレメンタルに放ったところだった。
雷撃に蝕まれた全身をぼよぼよと震わせて、ウォーターエレメンタルが頭上に幾つもの水球を作り出す。
それは槍となって、目の前にいる者たちを貫かんと勢い良く伸びた。
1本はラーシュさんの右頬の横を。
1本はロイドさんの左肩の上を。
1本はスノウの翼の下を。
どしゅっと通り過ぎていく水に怯むことなく、ラーシュさんは大きく踏み込んでウォーターエレメンタルに斬り付ける。
雷の力を纏った刃は、ウォーターエレメンタルの身体(?)を袈裟に斬った。
ぶるぶる、とウォーターエレメンタルが震える。
全身が伸縮し、花のような形に変化する。
水飛沫を撒き散らしながら、高速で回転しスノウに突っ込んできた。
スノウはそれを宙返りをしながら避けた。
反転した身体の正面をウォーターエレメンタルへと向け、口を大きく開く。
ばちっ、ばちばちっ!
白い閃光がウォーターエレメンタルの全身を飲み込んだ。
同時に、ルカさんの凛とした声が響く。
「サンダーバレット!」
杖から生まれた雷の玉が、弾丸のようにウォーターエレメンタルに降り注ぐ。
ぼろぼろと花弁が剥がれ落ち、小さくなっていくウォーターエレメンタル。
ばしゃっ!
ロイドさんが繰り出した一撃が、残ったウォーターエレメンタルの身体を叩き潰した。
水の欠片が辺りにばらばらと飛び散った。壁や床に、雫の痕跡を描き出す。
とどめと言わんばかりに、スノウが幾つもの炎の玉を撃ち出す。それは雫が落ちた場所に着弾して、濡れた跡を蒸発させていく。
しんと静まり返る場。
油断なく戦況を見つめていたラーシュさんが、ゆっくりと剣の構えを解いた。
「……終わった?」
その一言に、得物を下ろして視線を交わすルカさんとロイドさん。
スノウは僕のいる場所まで戻ってくると、きゅううと鳴きながら手を僕の足に触れさせた。
「大丈夫ですか、イオさん」
剣を鞘に収め、僕の前に跪くラーシュさん。
傷の具合を見て眉を顰め、ルカさんを呼んだ。
「ルカ。回復魔法を」
「分かったわ」
ルカさんは僕の傍らに来ると、そっと傷口に掌を翳して、意識を集中させた。
「ヒーリング」
傷の上に、仄かに温かいものが生まれる。
すると、それまでぐさぐさと鋭いもので刺されているようだった痛みが徐々に和らいでいった。
血が止まり、傷口が盛り上がり、新しい皮が張って、元の綺麗な皮膚に戻っていく。
幾分もせずに、僕の足の傷は綺麗に癒えたのだった。
「もう大丈夫よ」
「…………」
僕は折り畳んでいた足をゆっくりと伸ばした。
皮が突っ張ったような感覚はあるが、痛みは全くない。
「まだ痛い?」
「……いえ。大丈夫です」
僕はルカさんに頭を下げた。
「ありがとうございます」
『イオ、痛い?』
尋ねてくるスノウに、首を振って答える。
「大丈夫。治ったよ」
『イオを苦しめた悪い奴、スノウがやっつけたよ』
「そうだね。スノウには助けられたね」
僕はスノウの頭を撫でてやった。
「ありがとう」
『えへへ』
スノウは嬉しそうに尻尾を左右に揺らした。
「今のがダンジョンの主か?」
ハルバードを背に戻しながらロイドさんがラーシュさんに問いかける。
ラーシュさんは小首を傾げて、言った。
「その可能性もなくはないけど……今のは魔物じゃないから、他にいる可能性は捨てきれないな」
立ち上がり、ロイドさんの方に振り返る。
「探索を続けよう」
「分かった」
「イオさんとルカも、それでいいかな」
僕とルカさんは頷いた。
一波乱あったが、僕たちは何とかそれを乗り越えて探索を再開したのであった。




