第60話 水の精霊
緩い下り坂を下っていくと、通路にちらほらと水溜まりができているのを見かけるようになった。
じとっと湿った壁には黒っぽい苔が模様のように生え。
天井からはぽつぽつと雨漏りのように雫が垂れ落ちている。
鼻を掠めるのは水の匂い。
奥へ進めば進むほど濃密になっていくのが、分かる。
現れる魔物も、茸やらヒルやらサンショウウオやら、水辺を好むものばかり。
それらを倒しながら、僕たちはダンジョンの最奥を目指して歩を進め続けた。
「鑑定眼」
道を塞ぐ青いスライムに鑑定魔法を飛ばす。
「アクアムース──水魔法を使うスライムです」
「ルカ」
ラーシュさんの呼びかけに応えて、ルカさんが杖を一振りする。
「サンダーアロー」
ばりっ、と音を立てながら、杖の先端から生まれた雷の帯がスライムの胴体を射抜く。
ぼよん、と全身を波打たせ、アクアムースは頭上に渦巻く水の球を生み出した。
あれは、攻撃魔法だ。
身構えた僕の肩の上で、スノウが翼を広げた。
虚空に生まれた氷の槍が、アクアムースを串刺しにする。
水の球がぱしゃんと弾けて辺りに飛び散る。身体の中心を貫かれたアクアムースは、どろりと溶けたアイスのように潰れて地面の上に広がった。
「……一撃で倒せない魔物が増えてきたわね」
ふう、と溜め息をついて、ルカさんは杖を構えていた手を下ろした。
そうだな、とそれに相槌を打つロイドさん。
「最深部に近いのかもしれないな」
「1階構造のダンジョン……その中心というわけか」
ラーシュさんはアクアムースの死骸をまたいで、先の道をランタンで照らした。
「いつダンジョンの主に会ってもおかしくない。警戒して行こう」
こくんと頷くルカさんとロイドさん。
僕は唇をきゅっと引き締めて、肩の上のスノウに視線を向けた。
スノウは手で自分の頭を掻いていた。魔物が出てきても、この子は緊張の類はしていないようである。
スノウにとっては、戦闘も遊びの一環なのかもしれない。
羨ましいことだ。
出てくる魔物の影に注意しつつ、僕たちは道なりに進んでいく。
そんな僕たちを、それは通路の中央でぽよぽよしながら待ち構えていた。
「!」
僕たちを庇う形で前に立ちながら剣を抜くラーシュさん。
水の球そのもの、といった外見をしたそれは、表面を波立たせながら虚空にじっと静止している。
まるで、こちらの様子を伺っているかのように。
「何だ……これは」
こういう存在を見るのは初めてなのか、背負っていたハルバードを取り出しながらロイドさんが声を漏らす。
僕は相手を見据えて、鑑定魔法を放った。
「鑑定眼」
『【ウォーターエレメンタル】
水の魔力に秀でた精霊。水辺を好んで生息する。』
精霊……ということは、魔物ではない?
こちらから手を出さなければ危険はない存在なのだろうか。
などと考えをよぎらせた、その一瞬後に。
ウォーターエレメンタルの表面が、ぶくぶくと泡立った。
ちゅいん!
圧縮されて撃ち出された水の弾丸が、僕の右足を貫いた。
突如として生じた激痛に、僕は顔を顰めてその場にへたり込んでしまう。
「イオさん!」
ラーシュさんの声が飛ぶ。
僕は撃たれた右足を見た。
じわり、と滲み出た血が床を濡らして、広がっていく。
痛みで呼吸が詰まる。僕は震える手で貫かれた太腿を懸命に押さえながら、何とか声を絞り出した。
「ウォーターエレメンタル……精霊です。魔物かどうかは分かりません……」
「魔物でなくても、危害を加えてくる存在は駆逐しなければなりません」
ラーシュさんは剣に念を込めた。
刃が、黄金色の光を発して雷の衣を纏う。
魔法剣でウォーターエレメンタルに対抗するつもりなのだ。
「行くぞ、ロイド、ルカ!」
声を張り上げ、彼は剣先をウォーターエレメンタルに向けた。




