第55話 調理ギルドの携帯食講座
さて。スノウの同行を無事に承諾してもらったわけだが、僕がやることはこれで終わりではない。
ダンジョンに潜るための準備。これをしなければならないのだ。
前回は食事から何から準備の殆どをラーシュさんたちにお任せする形になったが、今回は流石にそうはいかないだろう。
特に、スノウの食事。これまで彼らに依存するわけにはいくまい。
ある程度は僕自身が準備をする必要がある。
とはいえ。旅に関しては素人の僕が1人で準備するにしても限界がある。
こんな時は、素直に人に訊くのが1番だ。
僕はスノウと共にある場所へ向かっていた。
──料亭が見えてきた。
料亭に用がある? いやいや。
僕が本当に用があるのは料亭の隣。料亭を経営している調理ギルドである。
此処では料亭の経営の他に調理師の育成や食材の販売などを行っているのだ。
『イオ、御飯食べるの?』
いい匂いがするからだろう、鼻をすんすんと動かしながらスノウが問いかけてくる。
確かに今は食事時だ。用事が済んだら料亭で夕飯を食べるのも良いだろう。
僕は後でねとスノウに言った。
「ちょっと用事があるんだよ。御飯はその後でね」
調理ギルドの入口をくぐる。
玉葱を鈴なりに吊るしたオブジェが飾ってあるギルドカウンターに行き、そこに置かれているベルを鳴らして待つことしばし。
料理人の格好をした長い白髭の男性が、ギルドの奥から姿を現した。
調理ギルドのマスター、ユージーンさんだ。
「おや……冒険者ギルドのイオ君ではないかの。料亭ではなくこっちに来るとは、何の用じゃな?」
「こんばんは、ユージーンさん」
僕は挨拶もそこそこに、早速話を切り出した。
3日後にダンジョン調査に行くこと。そのために必要な携帯食糧を準備しようとしていること。
話を聞き終えたユージーンさんは、髭を揺らして成程と呟いた。
「かさばらず、日持ちがして、それでいて腹が満たされる料理を探していると……そういうことじゃな?」
「ええ。僕は料理は素人なので、何を用意すればいいのかが分からなくて……是非知恵をお借りしたいなと思いまして」
「それなら、黒パンを使った料理がいいじゃろう。あれは日持ちがするし、腹も膨れるからの」
ついておいで、と言って、ユージーンさんはギルドの奥に姿を消した。
僕はその後を追った。
調理ギルドの奥は、熱気と料理の匂いで満たされていた。竈が幾つも並んでおり、そこに置かれた鍋を、何人もの調理師が掻き混ぜている。
ユージーンさんは竈の前を通り過ぎ、床に置かれている木箱の蓋を開けた。
中を漁って、取り出した何かを手に戻ってくる。
大きな黒パンだ。
「黒パンで作る、要はサンドイッチじゃな。ジャムやバター、ドライフルーツ、茹でた卵なんかを挟むんじゃ。初日に食べるのなら生野菜を使ってもいいじゃろう」
「成程」
そういえば、前回の調査の時にラーシュさんが用意してくれたのもサンドイッチだった。
パンは携帯食として優秀な食材なんだな。覚えておこう。
ユージーンさんは僕とスノウの顔を交互に見て、言った。
「何なら、うちのギルドで必要な分を拵えてやるぞい。若手の調理師たちの良い鍛錬にもなるからの」
「いいんですか?」
「なあに、構わんよ。携帯食ならそんな手間のかかる料理でもないからの」
ほっほっと笑うユージーンさん。
「3日後の朝に渡せるように作っておくからの。その時になったらまた来ると良い」
「ありがとうございます」
僕は頭を下げた。
思わぬ収穫だ。これは素直に喜ぼう。
素直に相談を持ちかけて良かった。
「晩飯はまだじゃろう? 遠慮せずにうちの料亭で食べて行っておくれ」
「そうさせて頂きます」
3日後に来訪することを約束して、僕とスノウは調理ギルドを出た。
『イオ。スノウお腹空いた』
翼を開いたり閉じたりしながら、スノウが食事の催促をしてくる。
いい匂いにとうとう我慢できなくなったな。
僕は笑って、スノウに言った。
「分かった分かった。御飯にしよう」
最近ずっと料亭の世話になりっぱなしだな。
けどまあ、いいか。料亭の料理は絶品揃いだからね。
何を食べようかな。頭の中のメニューを捲りながら、僕は料亭の入口をくぐり抜けた。




