第54話 交渉
ラーシュさんは仲間と一緒に冒険者ギルド経営の宿に宿泊しているとのこと。
夕方になって仕事を終えた僕は、スノウを連れてその宿へと向かった。
『ラニーニャの箱庭』。
それが宿の名前だ。
ラーシュさんは1階の交流スペースで、ひとつのテーブルを仲間たちと囲って話をしていた。
テーブルの上に地図や飲み物を入れたカップが載っている。
おそらくダンジョン調査の作戦会議を開いていたのだろう。
僕は彼らを驚かさないように、そっと彼らに近付いて控え目に声を掛けた。
「ラーシュさん」
ラーシュさんたちの目が、一斉に僕の方へと向いた。
「イオさん。わざわざ訪ねて来て下さったんですか」
「ええ。実は御相談がありまして」
ラーシュさんと一緒になってテーブルを囲っている面々の顔にも覚えがある。
戦士のロイドさんと、魔道士のルカさんだ。
向こうも僕の顔には覚えがあるようで、目が合うなり笑顔で挨拶をしてくれた。
2人共、別れた時のまんまだ。全然変わっていない。
「イオさん、魔物使いに転職なされたんですか?」
ラーシュさんは僕の肩に乗っているスノウを見て、尋ねた。
魔物使いか……僕自身はそんなつもりはないけど、見る人によってはそういう印象を与えるんだな。
いえ、と僕は首を振ってスノウの足をぽんと叩いた。
「僕の本業はあくまで鑑定士ですよ。これはちょっと、成り行きでこうなったというか」
スノウは挨拶のつもりなのだろう、翼を大きく広げてラーシュさんたちの方を見ている。
そうですか、とラーシュさんは深くは僕のことを追求はせず、空いている椅子を勧めた。
失礼しますと一声掛けて、僕は椅子に座る。
「実は、調査の件なんですが」
スノウの方にちらりと目を向けて、言った。
「この子……スノウが、ダンジョンに一緒に行きたいと言ってまして。連れて行っても大丈夫かどうかをお聞きしたかったんです」
「……その竜、人の言葉が話せるんですか?」
ラーシュさんはやや驚いたような顔をした。
彼がそういう顔をするのも分かる。僕だって驚いたし。
「僕にしか聞こえないみたいですが……かなりはっきり喋りますよ」
「竜は知能が高いし、魔法も結構自在に操るのよね。不思議なことじゃないわ」
スノウを興味津々と見つめていたルカさんが言った。
「有事の時の戦力として期待できるかもしれないわね」
「ルカが言う通りです」
ルカさんの言葉の後に続けるラーシュさん。
「私たちは、その竜を連れてダンジョンに入ることに反対はしませんよ。例え何が来てもお守りする自信がありますから」
『イオは、スノウが守るのー』
ラーシュさんの言葉に反論するようにスノウが言う。
スノウ、その言葉、僕にしか聞こえてないからね。
とりあえず、同行を承諾してもらえたようで何よりだ。
「ありがとうございます」
「それで、イオさん。調査の方へはいつ頃来られそうですか? それに合わせてこちらも準備を進めなければならないので」
「そうですね……」
一呼吸の間を置いて、僕はラーシュさんの問いかけに答えた。
「3日後には。それまでに、体調を整えておきますので」
「分かりました」
ラーシュさんはロイドさんたちに目配せをした。
頷く2人。
「では、3日後の朝、冒険者ギルドの方にお迎えに上がります。当日は宜しくお願いします」
差し出されたラーシュさんの右手を、僕は静かに握り返した。
「こちらこそ、お世話になります」




