第53話 スノウの本音
アルトさんと別れた僕は、スノウを連れて冒険者ギルドに戻った。
僕を見たヘンゼルさんは、最初ぽかんとしていた。
そりゃそうだろう。外に食事をしに行ったはずの鑑定士が、いきなり竜の子供を連れて帰ってきたのだから。
僕はヘンゼルさんに、アルトさんと再会した時のことを話して聞かせた。
スノウを引き取ることになったいきさつも含めて、包み隠さずに。
その間もスノウは、僕の肩の上で尻尾を揺らしながら寛いでいた。
すっかり、僕の肩の上が定位置になったようだ。
僕としては肩が若干重く感じるのだが、ずっと腕の中に抱いているよりかはこちらの方が楽だ。
もっとも、こんな風にスノウを連れ歩けるのも今のうちだけだろう。
もっとスノウが大きくなったら、きっと肩乗りはさせてあげられなくなる。
そうなったら……この子は僕の後を付いて歩くようになるのだろうか。
「……成程ね。事情はよく分かったわ」
ヘンゼルさんは僕の話を聞き終えて、スノウを見た。
「大人しい子みたいだし、お仕事に差し支えがないのなら、その子を此処に置くのは一向に構わないわよ。ギルドが賑わうのは大歓迎だしね」
どうやらヘンゼルさんは、スノウを冒険者ギルドの新たな名物として考えているようだ。
既にこのギルドにはヘンゼルさんという立派な名物がいるのだから、これ以上マスコット的存在を増やさなくても良いような気がするのだけれども。
まあ、いいか。別に誰が困るというわけでもない話なのだし。
ところで、と言って、ヘンゼルさんは小首を傾けながら僕の目に視線を合わせた。
「ダンジョン調査の方はどうするの? その子も一緒に連れて行くわけにはいかないんじゃないの?」
「……あ」
僕は目を瞬かせた。
そういえばそれがあった。
ダンジョン調査は下手をすれば1日では終わらない。その間、スノウの世話を誰がするのかという問題があるのをすっかり忘れていた。
ヘンゼルさんの言う通り、一緒に連れて行くわけにはいかないだろうし……
『大丈夫だよ』
その時、頭の中に声が響いた。
幼い子供のような声だ。
「え」
唐突の出来事に、僕は辺りを見回した。
周辺には、今の言葉を発しそうな子供はいない。
まさか……
僕は肩に乗っているスノウに目を向けた。
スノウの灰色の瞳が、じっと僕のことを見つめている。
「ひょっとして……お前?」
『うん。スノウだよ』
スノウの尻尾がゆらりと揺れる。
『スノウが、ママのことを守ってあげる』
「どうしたの?」
怪訝そうに問いかけるヘンゼルさん。
どうやら、この声は僕にしか聞こえていないようだ。
僕は曖昧に首を振って、答えた。
「今、スノウが言葉を……」
『そのダンジョンって場所に、スノウも連れて行って。怖いものが来ても、スノウが追い払ってあげるよ』
「ダンジョンに連れて行けって言ってます」
「そうなの? アタシには聞こえないけど……」
顎に手を当てて、ヘンゼルさんは唸った。
「テレパシーか何かかしらね? イオちゃんにしか聞こえてないってことは、そういうことなんじゃないかしら」
成程。それならヘンゼルさんには言葉が聞こえない理由も頷ける。
それにしても……ダンジョンに連れて行けとは。
スノウは、ダンジョンの危険さを分かって言っているのだろうか。
……多分分かってないんだろうな。生まれてまだそう経っていないわけだし。
僕は小さく溜め息をついて、スノウを諭した。
「遊びに行くんじゃないんだよ。ダンジョンは危ない場所なんだ。そんな場所に、お前を連れて行くわけにはいかないよ」
『平気だもん。スノウは強い子だもん』
みゃあ、と鳴き声を発して、スノウは背中の翼を広げた。
僕の肩から降りたスノウは、目の前にやって来てくるりと宙返りをしてみせた。
『ママのことはスノウが守るんだからー』
「……あのね。スノウ。僕のことはママじゃなくてイオって呼んでくれると嬉しいかな」
僕はスノウの首の付け根辺りを撫でて、言った。
……笑わないで下さい、ヘンゼルさん。
『イオ?』
ぱちんとまばたきをするスノウ。
『ママは、イオ?』
「そう。それが僕の名前だから」
『うん、分かった。ママはイオだね』
僕の指に喉を擦り付けて、スノウは頷いた。実際に頷いたわけではないが、何となくそんなニュアンスがあった。
『ねえイオ。スノウ、一生懸命イオのこと守るよ。だからダンジョンに連れて行って』
「だからねスノウ、ダンジョンは……」
『イオと離れるの嫌だよ』
「…………」
……駄目だ。抗えそうにない。
どうしてこう可愛いおねだりの仕方をするかな。この子は。
瞳をきらきらさせて顔をじっと見つめてくるのだ。これで何とも思わないわけがないじゃないか。
僕は溜め息をついて、目の前を飛ぶスノウを抱き寄せた。
「……分かった。一緒に連れて行っていいか訊いてみるから、返事はちょっと待っててくれよ」
『うん、分かったー』
一応それで納得はしたようで、スノウは僕の腕の中で大人しくなった。
「……ラーシュさんに相談してみます。この子も連れて行って大丈夫かどうか」
「そうね。彼らがそれで反対しないのなら、アタシも何も言わないわ」
ヘンゼルさんはそう言うと、カウンターにやって来た冒険者の相手を始めた。
……すっかり長話になってしまった。僕も仕事に戻らないと。
ラーシュさんに話をするのは、仕事が終わってからだな。
僕はスノウを抱いて自分の仕事場へと向かった。




