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第49話 風邪

 その日の目覚めは、普段とは何処か違っていた。

「…………」

 毛布を押し退けながら、僕はゆっくりと身体を伸ばした。

 そして生じた首の付け根の痛みに顔を顰める。

 目覚めたばかりでぼんやりとしていた視界が徐々にはっきりしてくるものの、影が差しているかのように何処となくはっきりとしない。

 身じろぎしつつ、いつも枕元に置いている置時計に手を伸ばす。

 起きなければならない時間だ。

 だが、そんな気になれない。もっと寝ていたい、そんな欲求が頭の中に居座っていた。

 目を閉じれば、そのまますぐにでも寝付けそうだ。

 ……いかん。起きないと。

 のろのろと上体を起こす。

 頭の芯がずきりと痛みを訴えた。全身が揺れるような、眩暈のような感覚も同時に襲ってくる。

 ひゅう、と渇いた息が喉の奥から漏れ出た。

「……痛……」

 こめかみに手を当てて、きゅっと強めに目を閉じる。

 これは……あれだ。ひょっとしなくても、あれだ。

 はあ、と深く息を吐き、僕は壁に掛けている仕事着に視線を向けたのだった。


「風邪ひいた? こんなあったかい日についてないな、イオ」

 冒険者ギルドの交流スペースにて。椅子に座ってテーブルに突っ伏す僕を見下ろしながら、シークさんは肩を竦めた。

「家で大人しく寝てた方が良かったんじゃないの?」

「……仕事に穴を空けるわけには」

「そんなぼけた頭で鑑定しても客が不安になるだけだって」

 実際は鑑定の精度に差は出ない。どんなに体調が悪くても、鑑定を行うのは魔法だからである。

 けどまあ、シークさんの言うことも分かる。鑑定を行う人間はしっかりした者の方がいいというのは僕も同意見だ。

 なら何故こんな状態で出勤したんだ、という話になるのだが、そこはそれ、これはこれというやつだ。

 僕は顔をゆるりと持ち上げてシークさんを見た。

「大人しくしていれば……大丈夫ですよ」

「まあ、お前も大人だから、俺もそこまでああだこうだ言う気はないけどな」

 裸の胸を掻きながら、シークさんは時計を見た。

 時計の針は9時を差している。冒険者ギルドが営業を始める時間だ。

「んじゃ、俺は作業場に行くから。あまり無理するなよ」

「……はい」

 シークさんが作業場の方へ行く。

 外へ掃除をしに出ていたヘンゼルさんが、入れ替わるようにしてギルドに入ってきた。

「イオちゃん、ニエルヴェスちゃんに連絡しといたわ。お薬作って持ってきてくれるって」

「ありがとうございます」

 僕はゆっくりと伏せていた上体を起こした。

 軽い眩暈がぼんやりした頭を襲う。ふぅと息を吐いて、僕はのろのろと席を立った。

 よろめいてこけそうになるが、何とかそれは堪えてテーブルの上に置いておいた眼鏡を手に取る。

「……はあ」

「朝御飯はちゃんと食べたの? 弱ってる時こそ、栄養はしっかり摂らないと駄目よ」

「はい」

 朝食は家にあったドライフルーツを少し齧っただけで済ませたなんて言えそうにない。

 あれこれと世話を焼いてくれるヘンゼルさんが、まるで母親のように思えた。

 その心遣いが、独り暮らしをしている僕には有難い。

 本当に、実家のような存在だ。この冒険者ギルドは。

 僕は眼鏡を掛けた。

「それでは……僕は仕事場の方に行きますね」

「ニエルヴェスちゃんからお薬が届いたら呼ぶから。無理しないでちょうだいね」

「はい」

「お久しぶりです」

 聞き覚えのある声が、戸口の方から聞こえた。

 僕とヘンゼルさんは同時にそちらに目を向けた。

「……あら。貴方は」

 ヘンゼルさんがぱっと表情を明るくする。

 ギルドの中に足を踏み入れながら、濃灰色の鎧を纏ったその若者は軽く会釈をした。

「……ラーシュ、さん?」

 僕は若者の顔を見て浮かんできた名前を口にする。

 朝一番に冒険者ギルドを尋ねてきたのは──かつて僕にダンジョン調査を依頼してきた冒険者のラーシュさんだった。

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