第48話 別れ
「イオちゃーん」
窓から差し込んでくる光に色が付いてきた頃。ヘンゼルさんが、階下から僕を呼んだ。
僕は子竜を抱いてギルドカウンターへと向かった。
子竜は丸い瞳をしっかりと開いて僕の顔を見上げている。
カウンターにはヘンゼルさんと、ニエルヴェスさんと、冒険者がいた。
冒険者は、青灰色の鎧で身を固め剣を腰に差した若者と、若葉色の革鎧を纏って弓を背負った青年と、純白の法衣に身を包み杖を持った少女の3人組だった。彼らが竜の解体依頼を出した冒険者パーティなのだろう。
ニエルヴェスさん、本当に素材の買取交渉をするために待ってたんだね。
ヘンゼルさんが手招きをしている。
僕は軽く会釈をしながら、カウンターの裏手に回った。
「初めまして。鑑定士のイオ・ラトンです」
「彼が抱いてるのが、さっき話した竜の子よ」
冒険者3人組が、僕が抱いている子竜に注目した。
僕は彼らに見えやすいように子竜をカウンターの上に下ろした。
みゃあ、と鳴き声を上げる子竜。離れていく僕の手を掴もうとしているのか、小さな手を懸命に伸ばしている。
指を1本子竜の前に差し出すと、子竜はそれを掴んで鳴くのをやめた。
……本当に、離れたがらない子だな。
「解体した竜から出てきた卵から生まれた子だから、素材と同じように引き取るかどうかを貴方たちに決めてもらわないといけないの。もちろん買取依頼を出すならそのように処理するわ。どうしたい?」
「アルト……」
魔道士の少女が若者に目を向けた。
名前を呼ばれた若者はしばしの間じっと子竜を見つめていたが、やがて何かを決心したかのように、その目をヘンゼルさんへと向けた。
「俺たちで引き取ります」
「分かったわ」
ヘンゼルさんは頷いて、僕を見た。
言われなくても、分かってますよ。
僕は子竜から手を離して、1歩身を退いた。
子竜が再び鳴き始める。つい手を伸ばしたくなるが、我慢だ。
アルトさんは子竜を抱き上げた。
子竜は鳴くのをやめない。しきりに頭を動かしながら、尻尾をぱたぱたと動かしている。
そんな子竜を見下ろしながら、彼は笑顔で言った。
「俺、魔物使いに憧れてたんです。まさか竜を使役できるなんて思ってませんでした」
「立派な子に育ててあげてね」
微笑んで、ヘンゼルさんは手元の台帳を開いた。
「それじゃあ、買取品の処理をするわね。竜の牙と、皮と、血と、肝……後は、肉ね。結構な量の素材が採れたから、金額もそれなりになったわ。まず、牙が……」
「いい取引ができたよ。ありがとね」
満足げな顔をしたニエルヴェスさんが、去っていく3人を見送った。
「いやぁ、思わぬ収穫だったよ。ヘンゼルさん、サンキュー」
台帳を閉じたヘンゼルさんは、ニエルヴェスさんに言った。
「素材は後で錬金術ギルドに届けるわね」
「ん。それじゃ僕は帰るかな」
両手を上げて背筋を伸ばしながら、ニエルヴェスさんはのんびりと冒険者ギルドを出ていった。
本当に満足そうだったなぁ、ニエルヴェスさん。そんなに竜の素材が欲しかったんだ。
台帳を片付けながら、ヘンゼルさんは傍らの僕に問いかけた。
「ひょっとして、淋しい?」
ヘンゼルさんは気付いていたようだ。僕と子竜の関係に。
僕は曖昧に声を漏らして、微苦笑した。
「……そうかもしれませんね」
「あの子、イオちゃんに懐いてたものねぇ」
でも、と彼は言った。
「これも商売だから、仕方ないことなのよ。気持ちを切り替えなさい」
「分かってますよ」
僕は頷いた。
今回のことは、一時の出来事だったと思うことにしよう。
今はただ、あの子が彼らの元で立派にやっていくのを祈るばかりである。
眼鏡の位置を正して、僕は気持ちを切り替えるべく声を出した。
「2階にあった鑑定依頼品、鑑定終わりましたけど此処に持ってきますか?」
「そうね。依頼者さんもそろそろ来る頃だろうし、お願いするわ」
「はい」
今日は新鮮な体験ができた1日だったな。
たまにはこんな日もあるか。そう思いつつ、僕は鑑定品を取りに2階へと向かったのだった。




