第44話 思いを胸に
小さくなった剣を放り投げた男に、拳を振りかぶった外套姿の男が迫る。
男はナンナさんを突き飛ばして、外套姿の男が繰り出した拳を掌で受け止めた。
「きゃ……」
舞台の上に倒れるナンナさん。
僕は急ぎ足で彼女に駆け寄った。
「ナンナさん、大丈夫ですか?」
「は、はい。何とかぁ……」
「離れましょう。こっちに」
舞台の下から手を差し伸べてナンナさんを立ち上がらせ、僕たちは男たちから慌てて離れた。
「くそ……冒険者だと!?」
「盗賊団スコッチ。貴様らの企みは全てお見通しだ。叩き伏せてやるから覚悟しろ!」
外套姿の男は自らの首元に手をやった。
襟首を閉じていた紐が解かれ、外套が宙を舞う。
引き締まった肉体を包み込む臙脂色の革鎧が露わになる。
それを目にした僕は、昨日料亭で見かけた冒険者の一団がいたことを思い出していた。
あれは……昨日の……?
冒険者が拳を力一杯振り抜く。
放たれた拳は、男の顎を真下から突き上げた。
がつん、と鈍い音と共に男がひっくり返る。その隙を見逃さず、冒険者は男を真上から押さえ込んだ。
別の場所では、剣戟が繰り広げられていた。
男が振るったロングソードを、冒険者は両手に持ったダガーで受け止めた。
そのまま力でロングソードを押し返し、左足を繰り出す。
爪先が、男の鳩尾に食い込む。男は唾を吐きながら、上体を折り畳んでその場に蹲った。
──冒険者たちの強さは圧倒的だった。
1人、また1人と盗賊団のメンバーは冒険者たちに倒されていき、10分も経った頃には誰1人としてその場に立っている者はいなかった。
冒険者たちは何処からか取り出した頑丈そうなロープで男たちを縛り上げ、事の成り行きを呆気に取られて見つめていた僕たちに向かって言った。
「皆さん、もう大丈夫です」
盗賊団の男たちが小さな声で「強えぇ……」「やっぱりでかい場所は狙うもんじゃねぇよ」などと呟いているのが聞こえる。
此処に冒険者がいることは、彼らにとってもそうだが、僕たちにとっても想定外のことだった。
何でこんな職人ギルドの発表会の席に冒険者がいるのだろう?
肘を撫で摩りながら、ナンナさんがぺこっと頭を下げた。
「あの……ありがとうございましたぁ。助かりましたぁ」
「怪我をなされたのですか?」
冒険者が彼女に尋ねる。
確かに彼の言う通り、ナンナさんの肘にはうっすらと血が滲んでいた。
大丈夫、とナンナさんはかぶりを振った。
「掠り傷ですよぉ」
「貴方が魔法を使って下さったおかげで隙を突くことができました。ありがとうございます」
そう言って僕を見る革鎧の冒険者。
僕は後ろ頭を掻いた。
「咄嗟の思い付きでしたけど……役に立てたようでしたら何よりです」
本当に、あそこまで上手く事が運ぶとは思っていなかったよ。
人生、何が役に立つか分からないものだね。
「こいつらは、我々が責任を持って連れて行きますので御安心下さい」
盗賊団連中に目を向けて言う冒険者。
何でも、この盗賊団が今日の発表会を襲撃するという情報を前もって聞いていた彼らは、先手を打って発表会の観客に扮して会場に紛れ込んでいたらしい。
昨日僕が見かけたのは、情報を掴んでこの街に滞在していた彼らの姿だったのだ。
通りで見覚えのある顔だと思ってた。
「さあ、発表会の準備を続けましょう。我々もお手伝いします」
仲間の冒険者が、持ち去られそうになっていた衣裳を手に舞台に集まってきた。
僕とナンナさんは顔を見合わせて頷いて、彼らから衣裳を受け取った。
とんだハプニングもあったが、発表会は無事に開催され、大成功で幕を閉じた。
特に僕が身に着けている衣裳に関しての反応は大きく、いつ頃一般発売されるのかとか、観客からは質問の嵐だった。
質問を一手に引き受けていたのは僕ではなくてナンナさんだけど。
ナンナさんの話では、そう遠くない日に製品化するとのこと。
無論そこに辿り着くまでには様々な問題があるのだろうが……ナンナさんなら、それらの問題も軽くクリアしてみせるだろうと僕は思っている。
「何とか無事に終わりましたねぇ」
帰りの馬車の中で。ナンナさんはしみじみと言った。
彼女の肘に巻かれた包帯が、今回のイベントが大波乱だったことを物語っている。
「戻ったら、お仕事の報酬をお支払いしますぅ。今回は本当に助かりましたぁ」
「大きな怪我でなくて良かったですよ。本当に」
僕は大きく息を吐いた。
ダンジョンへ行った時並みに緊張したよ。今回の仕事は。
身を護るために、魔法……少しは真面目に勉強しようかな。そう思える体験だった。
「あの冒険者さんたちには感謝ですね」
「本当ですねぇ」
今回の出来事は、ヘンゼルさんにもちゃんと話をしよう。
冒険者ギルドだって、いつ犯罪に巻き込まれてもおかしくない場所なのだから。
それぞれの思いを胸に、僕たちは帰路に着いたのだった。




