第39話 衣裳合わせ
「発表会ね。素敵じゃない」
ヘンゼルさんはまるで我が子の晴れ姿を見るように僕の全身を見つめて、笑顔で答えた。
「イオちゃんはそのままでも十分に可愛いけど、ナンナちゃんお手製の衣裳が合わさったら最強よ。観客もきっと釘付けね」
……か、可愛い、ですか。
三十路間近の男に掛けるような言葉じゃない気がするんですけど。
まあ、ヘンゼルさんだからなぁ。そういう言葉も出てくるか。
ずれた眼鏡の位置を直して、僕は言った。
「そういうわけなので、明後日に休暇を頂けると有難いのですが」
「もちろんいいわよ。モデルさんとしてしっかりお仕事してきてちょうだいね」
問題だった休暇の取得もあっさり許可が下りた。
これも毎日真面目に仕事をしているからできたことだ。日々さぼってばかりいたらきっとこうはいくまい。
「アタシは見に行けないけど、応援してるわよ」
「ありがとうございます」
とりあえず、明日の夕方だ。裁縫ギルドで衣裳合わせをして、全てはそれからである。
「こんにちは」
「イオさん、お待ちしてましたぁ」
翌日の夕方。仕事上がりに裁縫ギルドに足を運んだ僕を、ナンナさんは満面の笑みをもって出迎えた。
仕事中だったのか、右手に大きな裁ち鋏を、左手に縫い針を持っている。
「丁度衣裳の寸法直しが終わったところですぅ。こちらに来て下さぁい」
ギルドの奥に足を踏み入れるのは2度目だ。
発表会間近だからなのか、滞在している裁縫士が結構いる。
発表会に出す衣裳は1着だけじゃないんだな。
ナンナさんは作業場の奥から、衣裳を着せたトルソーを運んできた。
よたよたしながらも、それを僕の目の前に置く。
「こちらが、明日イオさんに着て頂く衣裳になりますぅ」
それは、銀の宝飾で襟や胸元を飾った魔道士の法衣だった。
基調色は深みのある藍色。腰を締めたベルトのバックル部分に銀細工が使用されており、全体的に落ち着いた雰囲気を醸し出している。
足下はきゅっと引き締まっている。スカートのようにばさばさと裾が広がったりはしないように作られているようだ。
眼鏡を掛けて知的な男性を演出……って、こういうことか。
ナンナさんは、モデルに魔道士らしさを求めていたんだな。
「早速着てみて頂けますかぁ。もしも窮屈な箇所があったら教えて頂きたいですぅ」
僕は試着室に案内され、衣裳を手渡された。
この法衣は前が留め具で簡単に開けるようになっているので、着るのは楽だ。
早速、法衣に着替えてみる。
さらりとした滑らかな肌触りだ。結構良質の生地を使っているらしい。
ベルトを締め、僕は目の前に備え付けられている姿見に目を向けた。
真新しい法衣に身を包んだ金髪碧眼の男の姿が映っている。
これが僕か。温室育ちの魔道士といった雰囲気だな。
分厚い書物とか抱えているのが似合いそうだ。
「こんな感じです」
試着室のカーテンを開き、僕はナンナさんの前に立った。
「ふわぁ……」
顔の前で両手を合わせ、感心の声を漏らすナンナさん。
「やはり、イオさんにお願いしたのは正解でしたぁ。イメージ通りですぅ。素晴らしいですぅ」
そんなに感激するようなものでもないと思うんだけど。
着た感じ突っ張るような感覚もないし、手直しは不要だろうということになった。
改めて自分の服に着替え直し、僕はナンナさんから発表会についての説明を受けた。
モデルが行うのは、新作の衣裳を身に着けてステージの上に立つことだけ。何かポーズを取る必要とかもなく、肝心な説明等については全てナンナさんが行ってくれるとのことだった。
それでも、緊張はする。大勢の人の注目を浴びることに変わりはないからだ。
明日は粗相がないように振る舞わなきゃな。
この後夕飯にしようと思ってたけど、強い匂いがするものは食べないようにしておこう。
体臭に気を遣うのはエチケットだって誰かが言っていたような気がするしね。
「明日の朝10時に、裁縫ギルド前に集合ということでお願いしますぅ」
何でも会場へは馬車を使って行くとのこと。
近場でやるイベントじゃないんだな。
絶対に遅刻しないことを約束して、僕は裁縫ギルドを出た。
今日は念入りに髪を洗っておこう。
……そういえば、石鹸まだ残ってたっけ?
日持ちするものだし、買っていってもいいか。
そうと決まれば、買い物だ。
暗くなりかけた道を、僕は商店街を目指して歩いていった。




