第38話 ナンナさんの憂鬱
「……はあ……困りましたぁ……」
裁縫ギルドに到着すると、中から溜め息混じりの声が聞こえてきた。
この声は……ナンナさん?
若干怪訝に思いながらも、僕は裁縫ギルドの入口をくぐった。
「こんにちは。溜め息をついてどうかなさったんですか?」
「ああ……イオさぁん」
ぴょこん、と跳ねた前髪を直そうともせず、僕がギルドに足を踏み入れるなり縋り付くような声を発するナンナさん。
「実は、困ったことが起こりましてぇ……と、裁縫ギルドに何か御用ですかぁ?」
「ああ、ええと……クロウラーの繭玉が手に入ったので、納品に」
「そうでしたかぁ。今、代金の方を御用意させて頂きますねぇ」
ナンナさんは僕に背を向けて、棚をごそごそと漁り始めた。
貨幣が入った革袋をカウンターに置いて、僕の手から布包みを受け取る。
「いつもありがとうございますぅ」
「いえ、こちらこそ」
代金を懐にしまう僕の前で、ナンナさんはくたりとカウンターに突っ伏した。
顔だけを上げて、何処か遠くをぼんやりと見つめる、そんな表情になる。
「……はあ……」
「……あの、一体何が?」
彼女の様子が気になったので、僕はそれとなく尋ねてみることにした。
ナンナさんの視線が僕の顔に移動する。
「実はぁ……近々新作発表会があるんですけどぉ……」
──何でも、裁縫ギルドでは、半年に1度、新作の衣裳を作って世間に披露する発表会なるものがあるらしい。
これは裁縫ギルドだけではなく、革細工ギルド、鍛冶ギルド、彫金ギルドでも同様の発表会があるそうだ。
その発表会のために新作の衣裳を仕立てていたらしいのだが、此処にきて、問題が発生したというのだ。
「衣裳を着てもらう予定だった裁縫士の子がぁ、怪我をしてしまいましてぇ……発表会に出られなくなってしまったんですぅ」
買い物途中に馬車と正面衝突し、足の骨を折る大怪我を負ってしまったとのこと。
命に別状はなかったから良かったようなものの、これでは発表会への参加は到底無理だ。
代役を立てようにも、その怪我をした裁縫士が裁縫ギルドでは貴重な男性だったため、すぐに代わりを見つけることができずに難儀しているらしい。
「今回作った衣裳はぁ、男性用なんですぅ。女性が身に着けてもしっくり来ないんですよぉ。だから困ってるんですぅ」
「……そうだったんですか」
僕はそれとなく提案してみた。
「それでしたら、緊急依頼という形で冒険者の方に出場をお願いしてみては?」
「それも考えましたぁ。……でもぉ、冒険者の方って体格が良い人ばかりですからぁ、衣裳がきつくて入らない可能性の方が大きくてぇ」
「……成程」
確かに、日々動き回っている冒険者は魔道士であってもそれなりに鍛えられた身体をしている者が多い。男性だと尚更だ。
と。ナンナさんの目が唐突に大きく見開かれた。
「……そうだ、イオさんがいらっしゃるじゃないですかぁ」
「……はい?」
がば、と身を起こし、ナンナさんはカウンターから身を乗り出した。
「お願いですぅ。怪我をして出られなくなったうちの子の代わりにぃ、発表会に出て頂けないでしょうかぁ」
「え」
僕はぽかんとしてナンナさんを見つめた。
「僕が……ですか?」
「衣裳を着てステージに立つだけの簡単なお仕事ですぅ。特別なことは何もしないので、イオさんでも立派にお勤めを果たせると思いますぅ」
……確かに僕は痩せ型だし、ナンナさんが仕立てていたという衣裳を着るのには丁度良い人材なのかもしれないが……
そういうのって、もっと華のある人間がやることじゃないのだろうか。
僕は、顔立ちは至って平均的だ。世の言うイケメンとかでは決してない。
せっかく良い見栄えの衣裳を身に着けても、着ている人間が見栄えしないと、魅力が半減するのではなかろうか。
「舞台に立つ時には眼鏡を掛けて頂いてぇ、知的な男性を演出して……ふぁぁ、イマジネーションの泉が湧いてきましたぁ。これは素敵なモデルさんになりますよぉ」
ナンナさん、そんなに興奮しないで下さい。僕、まだ引き受けるとも何とも言ってないんですから。
これは単なるモデルの仕事であって、危険なことは一切ないから、引き受けても良いとは思っているけれども。
衣裳負けしても責任は取れないけどね。
「ちゃんとモデルさんとしてのお仕事料はお支払いしますのでぇ、何とかお願いしますぅ」
僕の手を取って、力の篭った目で見つめてくるナンナさん。
……断れそうにないな、これは。
逃がすつもりはないって目が訴えてるし。
僕はナンナさんに落ち着くように諭して、仕事を引き受けることを承諾した。
ナンナさんの喜びっぷりが尋常じゃなくて、ちょっとばかり引いてしまったのは此処だけの話だ。
……こりゃ、冒険者ギルドに帰ったらヘンゼルさんに報告だな。
「発表会は2日後ですぅ。その前に衣裳合わせをしたいのでぇ、明日の夕方にまた来て下さぁい」
それまでに、僕が着て丁度良くなるように衣裳を手直ししておくとのこと。
何か思いがけないことになっちゃったなぁ。
裁縫ギルドを出ながら、僕は後頭部をかしかしと掻いた。
さて、報告だ。ヘンゼルさん、一体何と言うだろう。




