第295話 久々のボロネーゼ
料亭は相変わらずたくさんの人で賑わっていた。
スノウを向かいに座らせて席に着いた僕は、メニューを開いた。
やっぱりチェリー・ミックスの酒ばっかりのメニューとは違う、料理を中心とした品揃えには何だか安心感を覚える。
どれもこれも、食べたことのある懐かしい料理ばかりだ。
今回僕が注文しようと思っているものは決まっているので、スノウにメニューを見せた。
「スノウは何食べる?」
「スノウはねー……これがいい!」
スノウが指差したのは、やはりというか、お馴染みのデミグラスソースたっぷりのハンバーグだった。
それじゃあ、注文しよう。
冷茶を運んできた店員さんに料理を注文して、一息ついた僕は店内をぐるりと見回した。
この雰囲気。この風景。冷茶の味。
ああ、帰ってきたんだなぁって感じがするよ。
「あれ、誰かと思ったらイオ君じゃん」
背後から声を掛けられたので振り向くと、そこにはニエルヴェスさんが立っていた。
「タロイの冒険者ギルド追い出されたの?」
「違いますよ。タロイでの仕事は終わったのでこちらに戻ってきたんですよ」
「冗談だよ」
ニエルヴェスさんは肩を竦めた。
「今君は有名人だから、鑑定士の仕事はやめちゃったのかなとは思ったけど」
彼からもやはりというか、本の話が出た。
僕は本を出して世間的に有名になったかもしれないけど、僕自身はあくまで普通の鑑定士でいるつもりだ。
これからも、この街で鑑定士として働いていこうと思っている。
その気持ちは、全然変わっていない。
「僕は鑑定士ですよ。これからも、ずっと」
僕がそう答えると。
僕の肩をぽんと優しく叩いて、ニエルヴェスさんは言った。
「ま、どんな仕事をしていたとしても君は君だよ。君らしく生きればいいんじゃないかな」
じゃあね、と手を振って、彼は店の奥の方の席に行った。
僕らしく生きれば……か。
相変わらずさっぱりとした言葉というか、ニエルヴェスさんらしい言葉だ。
変わってないなぁ……皆。
1人で席に座っているニエルヴェスさんの背中を見つめながら、僕はふっと口の端を上げた。
店員さんが料理を運んできたのは丁度この時だった。
ふわりと香るデミグラスソースの匂い。ボロネーゼから上る湯気。
美味しそうだ。久々の料理、じっくりと堪能させてもらおう。
僕はスノウにフォークを渡して、ボロネーゼが盛られた皿を自分の目の前に手繰り寄せた。
「それじゃあ……いただきます」
久しぶりのボロネーゼの味は、この街を出る時に味わったボロネーゼと何ら変わらない、優しい味がしていた。




