第294話 そして故郷へ
日が西に沈みかけた頃、僕たちを乗せた馬車はラニーニャに到着した。
よく歩いていた通り。街並み。並ぶ屋台。全く変わっていない。
またこの街で生活していくのだと思うと、自然と気持ちが弾んでくる。
まずは冒険者ギルドに挨拶に行って、それからシルフの鍋亭に食事に行こう。
この街に戻ってきたら食べようと思っていたボロネーゼ、あれを久々に堪能したい。
馬車は冒険者ギルドの前で停車した。
僕は御者に料金を支払って馬車を降りた。
冒険者ギルドは相変わらず、多くの冒険者たちが出入りする街の顔としての勤めを立派に果たしていた。
僕はスノウの手を引きながら、冒険者ギルドに入った。
「いらっしゃい──……」
ギルドカウンターでいつものように台帳のチェックをしていたヘンゼルさんの顔が、一瞬にして驚愕の色に染まった。
「イオちゃん!」
「こんにちは、ヘンゼルさん」
カウンターから出てくるヘンゼルさんに頭を下げる僕。
ヘンゼルさんは僕をぎゅっと抱き締めると、身体のあちこちをぺたぺたと触りながら訝った。
「一体どうしたの、またお休み貰ったの?」
「いえ」
僕は姿勢を正して、控え目に頭を下げた。
「タロイでの勤めが終わりましたので、戻ってきました。またこちらにお世話になります」
「あらまぁ」
ヘンゼルさんは後方に向くと、大声を張り上げた。
「ジャドちゃん! お客さんよ、降りていらっしゃい!」
「とりあえず今日は宿を取って、明日家に帰るつもりです。仕事は明後日からということで、お願いします」
ラニーニャを出る時に空けた元の家はそのまま残っているはずだから、荷物を持ち込めばすぐにでも暮らせる状態になるはずだ。
身辺整理が終わるまでそれほど時間はかからない、と思う。
「分かったわ。お勤めは身の回りのことが落ち着いてからでいいから、まずはゆっくりと働ける環境を作ってちょうだい」
ヘンゼルさんは僕の肩をぽんぽんと叩いて、次にスノウに目を向けた。
「スノウちゃんも久しぶりね。少しは大きくなった?」
「ちょっとずつ大きくなってはいますね。もう僕の肩には乗れないくらいですよ」
「先輩!」
どたどたと勢い良く階段を駆け下りてくる人影がひとつ。
ジャド君はこの場に飛び込んでくると、僕の手を取って力強く握った。
「お帰りなさい!」
「ただいま戻りました。また宜しくお願いします」
彼も以前に会った時から全く変わっていないようだ。
何もかもが以前のままで、僕が此処で過ごしていた頃の空気をそのまま引き継いでいるようでちょっと嬉しい。
「また先輩と一緒に働けるんですね。俺、ずっと待ってたんですよ。嬉しいです、本当に」
「ちょっと、力強いですよジャド君。手が痛い」
僕は手をぷるぷると振ってジャド君の手を振りほどいた。
ジャド君はいい子なんだけど、僕のことに関して熱くなるのはもう少しどうにかならないものかって思うことがある。
「そうだ、先輩。読みましたよ、先輩が書いた本!」
「それならアタシも読んだわよ」
ジャド君の言葉に便乗するように言うヘンゼルさん。
「今じゃこの街であの本のことを知らない人はいないくらいよ。すっかり有名人になっちゃったわね、イオちゃん」
そんなに広まっているのか、あの本。
ライアスさんの話にもあったけど、こうして実際に聞くと本当なんだなって実感が湧くね。
「魔族と和平を結ぶ……そう簡単に上手くはいかないとは思うけど、実現するといいわね」
「はい」
僕は力強く頷いた。
ラニーニャは何度も魔族の手で騒ぎを起こされた街だ。そういう場所にこそ、あの本に書かれた話が広まっていってほしいと思う。
さ、とヘンゼルさんは手をぱんと叩いた。
「イオちゃんもこうして戻ってきたことだし、アタシたちは問題なくお迎えできるようにお仕事しましょ。イオちゃんはこの後どうするの?」
「久しぶりにシルフの鍋亭に行こうと思っています」
「そう。久しぶりの食事だもの、ゆっくりと味わってきなさいね」
夕飯にはちょっと早い時間だけど、その方が店は空いてるしゆっくりできるかもね。
僕はヘンゼルさんたちに別れを告げて、スノウと共に料亭へと向かった。
久々の料亭の料理、楽しみだなぁ。




